
認知症の治療というと、すぐに薬物療法を思い浮かべる人も多いかと思いますが、認知機能の改善や生活の質(QOL)向上のためには、非薬物療法との併用が欠かせないと言われています。とくに認知症に伴う行動・心理症状(BPSD)では環境調整も含めた非薬物療法は薬物療法よりも優先的に行われるべきものとされているほどです。ただ、非薬物療法は各種あるものの、現時点ではエビデンスレベルが高くないものも少なからずあります。また、「認知」と名の付く似たような治療法が複数ありますが、それぞれの対象や目的、方法はかなり違います。以下に解説していきます。
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認知機能訓練
MCI(軽度認知障害)、軽度認知症の人を対象に記憶・注意・計算・言語・遂行機能など、特定の認知領域を繰り返し練習し、その機能を強化・維持を図る治療法です。健常な高齢者での認知症の予防目的にも行われます。
個人療法とグループ療法がありますが、実際には個人療法は中心となることがほとんどです。
具体例を挙げると、記憶機能の訓練でよく行われるのが「誤りなし学習(errorless learning;EL)」と呼ばれる手法です。何らかの作業をやる際に1つ1つの手順の段階でやり方を説明するなどして、誤りなく物事を行ってもらう記憶リハビリテーションです。1つの間違いを発端に間違いを繰り返すことを防ぐことができ、対象者の自信喪失も予防します。
注意機能訓練としては、個人療法として行われる塗り絵、計算問題、漢字書き取りのドリルなどによる持続的注意力の訓練、集団療法として行われるトランプ、かるた、将棋などの選択的注意力の訓練があります。
計算機能訓練は主に個人療法として、簡単な足し算・引き算、お金の計算練習、数字の書き取り練習などが行われます。
言語機能訓練では、個人療法としての漢字書き取りや習字、集団療法としてカラオケで歌う、つまり歌詞を口にすることで言語刺激を促す方法や映画鑑賞の感想を述べ合うなどがあります。
遂行機能訓練は、たとえば慣れた料理が出来なくなったなどの状態に対し、個人療法として介護スタッフが手順を説明しながら1つ1つの作業を改めて確認しながら行う、集団療法としては調理の作業を皆で分担し、個々人が得意なことを介護スタッフの支援の下、担当してもらうなどがあります。
認知機能訓練は「できる/できない」が明確にフィードバックされるため、担当するスタッフは対象者の目標に対する到達度などを確認しやすいという利点もあります。
認知刺激療法(Cognitive Stimulation Therapy:CST)
軽度~中等度の認知症患者を対象に認知機能全般を刺激し維持・改善を図ります。もともとは見当識などの情報を繰り返し教示する集団リアリティオリエンテーションから発展したもので、非薬物療法の中では国際的に薬物治療と並んで推奨される治療法です。認知機能全般を対象とする点が、特定の機能に着目する認知機能訓練とは明確に異なります。
具体的な手法としてはグループ活動が中心で、新聞記事を読んで感想を話す、昔の写真を見ながら記憶を語る、簡単な計算や言葉遊びをするなど、ゲーム、クイズ、音楽、絵画、会話など、複数の認知領域を楽しみながら使う課題を組み合わせることが多いのが実際です。また、一般的には週2回・7週間プログラムが標準的となっています。集団療法が中心であることからもわかるように社会交流を重視し、生活の質(QOL)や気分の改善にもつながることが期待されています。
過去に英ロンドン大学が行った研究では、CSTを行った認知症高齢者集団では、CSTを行わなかった認知症高齢者集団と比較して、認知機能スクリーニング検査であるMMSEや認知機能障害の重症度を評価するための尺度であるADAS-Cogのスコアが明らかに改善したことがわかっています。
また、英バンガー大学の研究者などのグループが世界で行われた研究37件のデータを統合・分析した研究では、認知機能やQOLを改善する効果が一定程度あることが明らかになっています。
もっとも標準的なプログラムで効果の持続期間は数か月程度と言われていますが、プログラムの継続で効果持続期間は延長可能と報告されています。
認知リハビリテーション
軽度~中等度の認知症患者、MCI患者を対象に個々人の「日常生活での困りごと」に焦点を当て、その機能を補ったり、活用する方法を学ぶ治療法です。あくまでリハビリテーションなので、失われた機能の回復よりも生活の自立性を保つための代償手段(メモ帳、アラーム、環境調整など)を使いこなす練習に重き、自律生活の維持が最大の目的です。また、認知リハビリテーションでは患者本人と介護者だけでなく、家族の協力も不可欠となります。
各機能に対する具体的な手法としては、記憶に関して必要な情報の想起を促す「スぺーシング法」、注意では持続性・選択性・分割性の注意の改善を目指す「APT(Attention Process Training)」、遂行機能では計画・実行・モニタリング能力の改善を目的とする「Goal Management Training(GMT)」、見当識の補強では「現実見当識訓練」、言語では失語や語想起障害の改善を目的とした「語想起訓練」などがあります。
より具体的にこの中のスペーシング法を利用して認知症の人に薬のある場所を覚えてもらう時の実践方法としては、たとえば以下のような順序で行います。
(1)セラピストが対象者に「お薬はどこにありますか?」と尋ねる
(2)初回は即座にたとえば「机の上にある」と答えを確認する
(3)正答したら、30秒後に再び同じ質問をする
(4)正答できれば、間隔を1分→2分→4分→8分…と徐々に延長。
(5)間違えた場合は、直前の正答できた間隔まで戻って繰り返す。
(6)1回20~30分程度を週2~3回継続。
オーストラリア・メルボルン大学の研究者などのグループが世界で行われた認知リハビリテーションに関する比較研究33件のデータを統合・分析した結果では、認知リハビリテーションが認知機能全般に好影響をもたらす可能性があることが示唆されたほか、その中でも言語関連のリハビリテーションに関してはより高い効果が得られることが明らかになっています。
また、日本国内の研究では認知リハビリテーションは短期間で集中的に行うより、長期間続けるほど効果は出やすく、開始前に認知機能の低下が大きい人や年齢が高い人でも一定の効果があることがわかっています。
認知行動療法
ここでの「認知」とは低下している認知機能そのものを指すのではなく、認知機能低下に伴い生じる不安など、認知(思考)のゆがみを指し、これを改善するために行う治療です。より平たく言うと、認知のゆがみや不適切な行動パターンを修正し、不安・抑うつ・不眠・行動心理症状(BPSD)の改善を目指します。
認知症が進行して認知機能が大きく低下している場合には適応が難しいため、主に対象となるのは軽度から中等度の認知症患者、MMSEのスコアでは15~24に相当する患者です。在宅の認知症患者の場合は日常的に繰り返し行う必要があり、同居家族がいる場合はその協力が欠かせません。また、認知症患者の介護で悩む介護者に対してこの治療を行うこともあります。
認知行動療法の一番基本的な取り組みは. 認知再構成と呼ばれる不適応な思考を現実的な考えに置き換えるものです。具体例をあげると、介護施設に入所した認知症患者では当初「家に帰りたい」「家に帰らなきゃ」と言い出して、落ち着きを失くすことがあります。こうした時に介護スタッフが「ここは安心できる場所ですよ。夕食はここで一緒に食べましょう」と話しかけ、時には写真やメモで「ここが今のあなたの家ですよ」と視覚的に提示するなどを繰り返すことで、徐々に施設が現在の住まいであるとの認識を定着させます。
また、活動量の減少に伴う抑うつ状態に関しては、従来の日常生活活動にたとえば講演の散歩などのプラスαの活動を加えた生活スケジュール表を患者、家族、介護スタッフが協力して作成し、それに沿って活動しながらその中での成功体験などを話合って共有する「行動活性化」などの方法があります。
認知行動療法の実践上の原則としては、週1~2回で1回のセッションは20~30分程度の短時間とし、計6~12回行うことが目安とされています。また、抽象的ではなく具体的で日常的な問題解決に焦点を当て、視覚教材(写真・カード・メモ)を多用することが効果的と言われています。
認知行動療法の具体的な効果に関しては、アメリカで通常ケアと比較した研究があります。この研究では、在宅の軽度・中等度の認知症患者を対象に3ヵ月間、介護スタッフが週1回の訪問セッションを行い、その後は6カ月後まで最大8回の電話フォローセッションを行って効果を比較したものです。各セッションでは不安モニタリングや行動活性化、睡眠管理などさまざまなプログラムが実施されました。
最終的な評価は、不安尺度や抑うつ尺度、QOL評価表などで実施され、3か月時点で認知行動療法群の患者は明らかに低下し、患者自身が行ったQOL評価でも改善が認められたと報告されています。
運動療法
認知症の非薬物療法の中でも基本と言われるのが運動療法です。もっとも運動療法には多種多様なプログラムが存在するため、実際にどうすれば良いのか、情報がやや錯綜している側面もあります。ただし、これまでの研究では、頻度としては週3回以上の運動がアルツハイマー型認知症のリスク低下につながることがわかっています。
現在、日本理学療法士協会が推奨している運動療法は、主に予防を目的としたものですが、「楽である~少しきつい」程度の強度の有酸素運動や筋力トレーニングです。
有酸素運動について推奨しているのは▽歩幅を少し広げてひじを大きく振り、少し速めに歩く▽歩く時の視線は5mくらい先▽息が早くなる程度のペースで約10~30分(途中休憩可)という「速歩」です。
もっとも「息が早くなる程度のペースで約10~30分」は人によっても異なるため、わかりにくい指標かもしれません。このため距離の目安を過去の研究から示しておきます。71~93歳の2,257人を対象に1日の歩行距離と3年後、6年後に認知機能を調査した研究では、1日3.2km以上歩く群に比べて、1日400m~1.6kmの群では認知症の発症率が1.8倍高いとの報告があります。距離だとわかりにくいかもしれませんが、一般に大人の1万歩は約7kmと言われていますので、3.2km以上は5,000歩以上に相当します。
一方、日本理学療法士協会が推奨している筋力トレーニングは、足を肩幅ぐらいに広げた立ち姿勢から膝がつま先より出すぎないように5秒かけて曲げ、再び5秒かけて伸ばしす「スクワット」、足を肩幅ぐらいに広げた立ち姿勢から、ふくらはぎに力を入れたままゆっくり踵を上げ、再びゆっくり踵を下す「踵あげ運動」です。こうした筋力トレーニングは週3回程度、10~15回を1セットとして3セットを目標にすることを推奨しています。
さらに運動と簡単な計算などの認知課題を組み合わせると、認知機能により良好な効果があると言われています。日本理学療法士協会が推奨している方法は「足の横移動と引き算練習」です。これは左右交互に足を1歩ずつ横移動させながら、1歩ごとに100から3ずつ引いていく計算をします。引き算を足し算に変えることや、足し引きする数を変えても構いません。
音楽療法
音楽の持つ特性を活用したリハビリテーションで、自発的活動の促進や身体の運動性の向上による健康維持、脳の活性化などを通じた不安軽減や表情・感情の表出により心身障害の機能回復などを促す非薬物療法で、認知症患者では主に行動・心理症状(BPSD)などの問題行動の改善を目的に行われます。
音楽の楽しみ方には歌うことだけでなく、聴く、楽器を演奏する、音楽に合わせて体を動かすなど多様な行動が含まれるため、発語や意思疎通が難しい患者でも応用が可能なことが音楽療法の特徴の1つです。このため現実の多種多様なプログラムが存在します。音楽鑑賞、手で簡便に使える鈴やハンドベルなどによる楽器演奏、音楽に合わせた体操などを組み合わせたプログラムが行われることが一般的です。
2025年にオランダのライデン大学医療センターなどの研究チームが、これまで世界15カ国で実施された通常のケアと音楽療法を比較した研究30件のデータを統合・分析したエビデンスレベルの高い研究では、5回以上の音楽療法のセッションを行ったケースでは、抑うつ症状を改善する可能性や全体的な問題行動上を改善する可能性が示唆されています 。
音楽療法についてはどのようなプログラムを設定するかは対象者によって異なります。このため近年では音楽の持つ特性を理解し、音楽をリハビリテーションとして用いるための技術を有している専門職が行うことが増えています。日本では日本音楽療法学会が認定する音楽療法士制度があります。
回想法
認知症の高齢者は、最近のことはすぐ忘れてしまう反面、比較的進行した段階でも過去の記憶は保持されています。このことを利用し、過去のことを思い出して言葉にしたりすることで脳を活性化させ、活動性・自発性・集中力の向上や自発語の増加を促して認知症の進行を予防する心理療法の一種です。1960年代にアメリカの精神科医であるロバート・バトラー氏が提唱した治療法です。
この治療法は同時に認知症高齢者がライフヒストリーを語ることを、過去への執着や現実逃避というネガティブな受け止めをせずに、普遍的で意味のある行為として肯定的に捉えて聞き手が受容的、共感的、支持的に傾聴することで、認知症高齢者自身の精神的な安定を保つ効果もあります。
回想法の実践方法にはマンツーマンで行う個人回想法と10名前後で行うグループ回想法とがあり、レクリエーションの一環としてグループ回想法で行われることが多いのが実際です。
個人回想法では、通常の日常会話から初めて認知症患者本人にある程度自由に話させる方法と、あらかじめ決めたテーマで1対1の面談形式で話をする方法とがあります。
グループ回想法は、グループ活動に参加可能な対象者10名前後のグループを作り、運営するスタッフ複数を準備します。そのうえで「小学校時代の遊び」などの気軽に話せるテーマを決定して実施します。グループ回想法が個人回想法と異なるのは、参加するメンバー同士の会話で回想が深まり、メンバー同士、あるいはメンバーと介護スタッフの相互関係もより深化しやすい点です。
個人回想法、グループ回想法ともに一般的には実施時間は1時間程度で、グループ回想法では参加者を固定し、特定の個人やグループでの回想法を担当する介護スタッフは固定します。また、週1回特定の曜日・時間に実施します。このようにするのは、担当スタッフや過去に話した内容を少しでも忘れにくくし、対象者が同じ話を繰り返すことを避けるためです。
また、回想法を行うためには事前に対象者の個人情報や生活歴などを調査して、話しやすい話題や避けるべき話題を特定しておく必要があります。このため話題に出たことについては、守秘義務があることも認識しておきましょう。同時に対象者が生きてきた時代の状況や背景なども調べておくことが望ましいです。
もっともこのような事前の準備を行っていても、流れの中で思いもかけず対象者の辛い記憶にぶち当たってしまい、対象者が泣き出すなどの感情的反応を示すことがあります。
その際の注意点は
(1)逃げない
(2)謝らない
(3)安易に肯定や否定をしない
(4)自己嫌悪を感じない
(5)傍らで優しく見守る、などです。
(1)については、対象者に「逃げた」と思われると以後回想法が実施できなくなる可能性があるからです。(2)は意外に思われるかもしれませんが、あくまで対象者が過去を懐かしむ過程で一時的に感情が発露したに過ぎないからです。(3)は誤解を与えないため、(4)は実施する介護スタッフなどはあくまで実施者として快感情の共有を心がける必要があるからです。
このように回想法は気軽にできそうなイメージがありますが、治療として行う場合は担当するスタッフは一定の研修を受けておくことが必要です。
参考資料:日本医療研究開発機構(AMED)ヘルスケア社会実装基盤整備事業 実態/ニーズ調査に基づいたヘルスケアサービス利用者・事業者も使用可能な認知症発症リスク および認知障害・生活機能障害・BPSD 等の低減のための非薬物療法指針作成と普及のための研究班「ヘルスケアサービス利用者・事業者も使用可能な認知症に対する非薬物療法指針」
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