
日本ではアルツハイマー病(アルツハイマー型認知症)に伴う軽度認知障害(MCI)と軽度アルツハイマー病に対する治療薬として、抗アミロイドβ抗体のレカネマブ(製品名:レケンビ)が2023年12月、ドナネマブ(製品名:ケサンラ)が2024年11月に発売されています。この両治療薬に関して厚生労働省は8月17日付で医薬局医薬安全対策課長通知(医薬安発0817第1号)を発出し、添付文書の「使用上の注意」の改訂を指示しました。
指示した改訂の内容は、
「警告」の項に
アミロイド関連画像異常(ARIA)に関する注意事項に投与開始前にアポリポ蛋白E(APOE)遺伝子検査の実施を考慮すること
「重要な基本的注意」の項に
APOE遺伝子検査の実施に係る注意事項、をそれぞれ追記する
というものです。今回はこれについて解説します。
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治療薬特有の副作用の予防が目的
両治療薬とも脳内に蓄積して脳神経を損傷させる悪性たんぱく質のアミロイドβを除去する人工的な抗体を医薬品にしたものであることはよく知られています。この治療薬の投与に伴い発生する可能性がある特有の副作用が、アミロイド関連画像異常(ARIA)です。今回の添付文書改訂でのアポリポ蛋白E(APOE)遺伝子検査の実施の指示は、このARIAをできるだけ防ぐことを目的としたものです。
抗アミロイドβ抗体がどのようにしてアルツハイマー病に効くのか
今回の改訂指示の意味を知るためには、改めて抗アミロイドβ抗体がどのようにしてアルツハイマー病に効くのかとそれに伴い発生するARIAの仕組みを知る必要があります。
まず、抗アミロイドβ抗体はヒトの体内に注射で投与されると、脳にあるアミロイドβにくっつきます。こうすると、脳内にある免疫細胞(ミクログリア)が「ここに異物のアミロイドβがある」と認識して集まり、アミロイドβを取り込んで処理します。単純に言うと、免疫細胞がアミロイドβをムシャムシャ食べて処理すると考えて差し支えありません。その結果、脳にたまったアミロイドβが減るのが、この薬が効く仕組みです。
要は脳内に溜まって悪さをしていたアミロイドβを減らし、今まで以上に溜まって脳神経の損傷が進行することを防ぐのです。ただし、それまで溜まっていたアミロイドβによって損傷した脳神経が再生するわけではありません。これが従来から抗アミロイドβ抗体について言われている「治す薬ではなく、進行を遅らせる薬」の所以です。
そして脳内に蓄積しているアミロイドβは、脳神経周辺で塊となって悪さをしているもの以外に、一部が脳内の細い血管の壁にも付着しています。抗アミロイドβ抗体は体内に投与されると、この血管の壁にあるアミロイドβにもくっつきます。このためそうした血管では、脳神経周辺のアミロイドβと同様に免疫細胞が集まってきてムシャムシャ食べようとします。この時に血管壁ではこの反応に伴う炎症などが起こり、血管のバリアが一時的にもろくなり、血管内から水分が外に漏れだすことによる脳のむくみや微小な出血が起こります。これがARIAです。
アミロイド関連画像異常(ARIA)とは
レカネマブやドナネマブの承認の基になった臨床試験では、投与患者の10数%でARIAが確認されています。一見すると怖そうな副作用が8~9人に1人の割合で起こると思われがちですが、抗アミロイドβ抗体の投与時は定期的な画像診断でARIAの有無をチェックしているため、多くはその際に発見され、無症状か軽い頭痛やめまいなどがしているくらいです。この段階では投与を一時中断するとほとんどが改善します。
ただし、ごく一部で強い頭痛、意識障害、けいれん、麻痺・言語障害などの神経症状、大きな脳出血などの症状を起こす重症のARIAになることがあり、さらに非常にまれですがそれが原因で死亡することがあります。前述の承認時の臨床試験結果で見ると、ドナネマブを投与された人のうち、ARIAを起こして死亡に至った事例は0.35%でした。頻度としては非常にまれなことがわかります。
ARIAの出現時期に関しては、レカネマブでは治療開始から14週以内、ドナネマブでは24週以内(重篤なものは12週以内)が多いとされています。このためレカネマブでは5回目の投与前(投与開始後2ヵ月目)、7回目の投与前(同3ヵ月目)、14回目の投与前(同6ヵ月目)、ドナネマブでは2回目の投与前(同1ヵ月目)、3回目の投与前(同2ヵ月目)、4回目の投与前(同3ヵ月目)、7回目の投与前(同6~7ヵ月目)に加え、それ以降も定期的にMRI検査を実施し、ARIAの有無を確認することが定められています。
その一方でこれまでの症例の集積による副作用の実態から、両薬剤ともに予め定められている初回のMRI検査実施時期よりも早い時期にARIAが出現している事例もあることがわかってきています。このため厚生労働省は今年6月5日付で医薬局医薬安全対策課長通知(医薬安発0605第1号)を発出し、両薬剤について投与開始後の期間を問わずARIAが疑われる症状を認めた場合は、「速やかに医療機関を受診するように患者および家族・介護者に指導する」、「速やかに臨床評価を行い、ARIAの発現が疑われる場合はMRI検査を実施する」など、添付文書の「使用上の注意」の改訂を指示していました。
特定の遺伝子型を持つ人に発症リスクが高いARIA
そして従来からARIAに関しては、抗アミロイドβ抗体の投与前から発症リスクが高い人がいることがわかっています。それが今回、添付文書改訂の指示が出たAPOE遺伝子検査で特定の遺伝子型を持つ人です。
APOE遺伝子型にはε(イプシロン)2~4の3種類の型があり、人は父親と母親から1つずつAPOEの遺伝子型を受け取るため、個々人が持つAPOEの遺伝子型はたとえばε2/ε2、ε2/ε3のような組み合わせとなり、全部で6パターンあります。このうちε4の保有者であるε2/ε4、ε3/ε4、ε4/ε4の3パターンの人はARIAが起きやすく、とくにε4/ε4というホモ接合体と呼ばれるパターンの人は、とりわけARIAの発現率が高いことがわかっていました。
実はこの事実はレカネマブ、ドナネマブの承認以前からわかっていたことです。にもかかわらず、これまでレカネマブやドナネマブを投与された患者では、必ずしもこの検査が実施されていたわけではありません。その理由はAPOE遺伝子検査が国内では保険適用になっていなかったためです。
しかし、7月1日付でシスメックス社が販売する「PrismGuide APOE 遺伝型判定キット」による遺伝子検査が、保険適用となったことで今回の添付文書改訂指示につながりました。ただし、これによりAPOE遺伝子検査でε4の遺伝子型を有する人にレカネマブやドナネマブが投与されなくなるわけではありません。投与が想定される患者やその家族に対して予めAPOE遺伝子検査を勧め、その結果次第で患者やその家族の意思なども確認しながら投与の是非を決定し、ε4保有者で投与を開始した場合にはより慎重にARIAのチェックが行われることになります。要は今まで以上に抗アミロイドβ抗体の適正使用が進むことになるというのが今回の添付文書改訂指示です。
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