介護業界では令和6年度の報酬改定により、これまで主要課題であった「人材の確保と定着」に加え、「少人数でも効率的に運営できる体制づくり」が新たな課題となっています。ICT活用などを活用した生産性向上が推進されている一方で、参考となるモデルケースは少なく、「何を目的にどう進めるべきか?」「どの基準で意思決定を行うべきか?」が定かでない施設管理者も多くいらっしゃいます。
そうした課題に先駆的に取り組み、人材定着と業務効率化を実現している社会福祉法人 慶睦会の梶野氏に、人材定着や新しい運営体制の構築などについて具体的な話を伺いました。
※今記事は10/3開催のセミナー「福祉施設理事長に聞く「人材定着」と「ツール活用」〜新しい施設運営に迫ります〜」(共催:セーフィー株式会社、ドクターメイト株式会社)の再録記事です。
業務のスリム化は「事務のICT化」から
__現在経営中の化粧品の代理店の経験より、法人の健康状態を数字で見ていらっしゃるとのことですが、梶野さんが福祉施設を運営する中で、注目して見ている指標は何ですか?
人件費、事業費、事務費は大事な数字だと思っております。特に人件費については、「介護業界はこんなにも人件費がかかる業態なのか」と驚きましたし、しっかり勉強しないといけないなと思いました。
__人件費を3年間でスリム化できているとのことですが、よりスリムに適正にできた要因は?
まず「人件費を削りすぎてはいけない」ということを念頭に置きました。「65%前後が適正だよ」と他の法人の経営者さんから教えていただいたのですが、配置基準もあるので「現場の人員を削減する」ことは全く考えていませんでした。
そこで最初に取り組んだのが「事務のICT化」です。それまでExcelベースで2週間ぐらいかかっていた勤怠管理をオンライン化し、給与会計システムもオンライン化しました。オンライン化する前は、120人の給与明細を紙で運用していたんです。すべて1つ1つ印刷して、ハンコを押して、封筒に入れていました。さらに給与振込も1人1人紙とにらめっこしながら入力していたので、その時間がすごく無駄だなと思っていました。その辺が今ではほとんどオートマチックに各種ツールと連携でき、給与明細もWeb明細になり業務がスリムになりました。
__業務の効率化のために導入したツールやシステムを教えて下さい
以前は法人内のデータを現物のサーバで管理していたのですが、動作が不安定だったこともあり、クラウドのDropboxを導入しました。クラウドにすることで共同作業ができるのが大きなメリットになりました。共生型ショートスティ(介護、障がい43床)の入退所の管理はマクロで1ヶ月の平均稼働率を出して、営業先からでもDropboxで空き状況が確認できるようになっています。
以前は紙での管理をしていたそうで、変更があると紙のある部屋まで走って消しゴムで消し、破れたらガムテープで貼って運用していたそうなので、相談員さんや施設長は楽になったと聞いております。
ホームページやインスタグラムで「働く場所」のイメージを
__職員の定着のために取り組まれたことは何ですか?
「介護業界はこんなに退職されるのか」と驚きましたし、かなり困りました。
人がいないと配置基準の問題などがあるため非常に頭を悩ませていました。
私は長年客商売を通じて、「人を大事にする」ことを基本に考えていました。そこで介護業界でも、利用者様だけでなく、介護の職員さん、いろんなスタッフさんも「私たちのお客様」と考え、「介護スタッフさんが働きたいところってどんなとこなんだろう」ということを常に考えています。
最近では、ホームページやインスタグラムを見て問い合わせを頂き、「まず面接の前に見学させてください」というパターンが多いです。見学すると、「すごく落ち着いてますね」「職員さんが優しいですね」など、いろいろ感じてもらえるようで、そこから「面接に進みたいです」となることが多い気がします。
また、スポットワーク経由の採用も始めています。6月からの4か月間で、すでに3名ほどの常勤さん、常勤パートさんと夜勤専従を採用できています。
このように「職員さんたちが選んでくれた」というのが、今後の人材の定着や採用においてポイントになるのかな、と思っています。「選ばれる施設」になっていくのが「定着していくこと」にも繋がるのかなと思っています。
介護施設はまず知ってもらわないといけないので、最初にホームページを整備しました。ホームページに360度ビューなどを入れ、施設内の間取りなど、擬似的に体験できるようにしました。次に、インスタグラムを始め、「職員さんがどういう雰囲気で利用者さんと接しているか」が伝わるようにしました。このように施設の情報に接触できる場所をなるべく多く作ることを心がけました。
面接に来た人に聞くと、今どきの人は「前もって情報を見てきました」と必ず言いますね。例えば車を購入する際に試乗するように、まずは体験してもらい、そこでお給料や待遇を見て決めてもらえるよう、段階を作っています。
就職はその人の人生の何分の1を使うので、みなさん「どこで働くか」は慎重に情報収集されます。そのあたりをしっかり整備していく必要があると思います。
オンコール代行で職員の働き方に「ゆとり」が
__職員が「ゆとりを持って働く」ために取り組まれたことは?
ドクターメイトにオンコールをアウトソースしています。以前から特養では、介護職員さんから「夜間のオンコールを躊躇してしまい、かけにくい」といった声が挙がっていました。その後唯一オンコールを担当していた方が退職され、新たな方の採用を考えていたのですが、なかなか採用できずに困っていたところにドクターメイトのオンコール代行サービスを知りました。オンコールによる看護師の退職を心配する必要が無くなりましたし、介護スタッフからも「安定した品質で優しい」とスタッフからも評判です。丁寧にお電話対応してくれるだけでなく、何回かけてもいいということで、アフターフォローも丁寧です。以前、調子の悪い利用者さんがいた際、何回も相談したのですが、次の日もメールと電話の両方でフォローしていただきました。
施設の職員だけではそこまではやれないですし、業務の負担になってしまうので、オンコール代行があるだけで相当働きやすくなっています。
また、テレビ電話で傷口や状態を画像で送れるのも安心につながっています。スタッフさんからしても、すごく働きやすいと思います。以前に一度、「ドクターメイトはもう辞める?」ということを言ったら「いやいやいや、ちょっと待ってください」という反応があり、「ドクターメイトはすごい役に立ってるんだな」と改めて感じました。ドクターメイトを夜勤帯に導入したのは、職員さんたちの働きやすさに大いに貢献していると思います。
カメラは見守り以外にもさまざまな用途で活用できる
__他に法人として導入したICT設備はありますか?
一番長く使ってるのはSafieさんのカメラですね。それまでも共有部分には使っていたのですが、私が理事長になった時に、相談員の方からカメラをつけてほしいという要望がありました。しかし調べてみると1台当たりの取り付け費用もランニングコストも高く困っていたところでSafieさんのカメラの存在を知りました。カメラも機能の割にすごいお値打ちで、ランニングコストも見てお値打ちかなと判断して導入しました。
ショートステイでは荷物チェックを行うのですが、利用者さんのご家族が「この服あったはずだ」などの話が出るので、映像でご家族様にちゃんとお伝えできるのが良いですね。さらにこの荷物チェックは写真を撮ってEvernoteでも保存をしています。
さらにカメラが有用なのは、転倒したときの確認ですね。ケアマネージャーさんがご家族に説明する際に、こういう事情でこういうふうにちょっと転ばれましたなど、きちんとしたことを説明できます。
__カメラの導入にスタッフから「監視される」などの不安はありませんでしたか?
いろいろなところにカメラが付いている現代において、介護施設だけがついてないのは今どきではないかなと感じました。トラブルなどがあった際にも、カメラで事実が分かるので、スタッフさんを守ることができるので、スタッフさんにとってもプラスになると思っています。導入時の説明は施設長やリーダーに任せていますが、経験則的に、3ヶ月ぐらいすると慣れてきて、1年ぐらいすると「ないと困る」というふうに言ってくれます。
先日も、建物の1階のデイサービスの利用者さんが1人いなくなってしまったのですが、玄関のカメラなどを確認しても外出の形跡は無かったんです。なので施設内を徹底して探してみたら、2階に自分でエレベーターで上がっていたということがありました。パニックになって外に探しに行きがちなところを、カメラがあったおかげですぐに対応・発見できたことで負担は未然に防げたと思います。
ICT導入で退職や属人的なノウハウ喪失のリスクを減らす
__新しいシステムやツール導入における「費用対効果」の考え方は?
特に事務系の業務で当てはまるのですが、「いかにして属人的にならないようにするのか」は意識しています。介護のシステムでも、その人が辞めてしまったら、「あの人しかわからなかった」ということが起こる可能性があります。
その意味でも、未来への投資としても、ドクターメイトのオンコールにデメリットはありませんでしたし、Safieのカメラも補助金などがあったのでよかったです。さまざまな部分で整理してスリム化させているので、経費はトントンになっていると思います。ICTなどを導入することで、退職や属人的なノウハウ喪失のリスクが無くなるのであれば、経営者の心配はその分減っていくのでメリットはあるのかなと思います。
__今後、新しく導入しようと考えているツールはありますか?
介護システムを変更しようと考えています。現在のシステムでは、パソコンにUSBチップを刺さないと使用できないタイプなので、パートナーの方などが確認するたびに「USBチップ貸してください」ということがよく起きていて、負担がありました。さらに、請求書を紙ではなくWebで請求書ができる機能があるので来年度には切り替えたいと思います(請求書の印刷や封入の手間、さらには切手などの郵送費がスリムになることを期待しています)。
あとは、ノートパソコンだと画面が小さいので、23インチ程度のディスプレイを購入し、ノートパソコンを大きなモニターで作業できるようにしました。2画面作業などもできるので効率的になると思います。
「新しい取り組み」を職員に理解・浸透してもらうために
__梶野さんのお話を聞くと、改善すべきポイントを見つけるのがお上手だなと思ったのですが「ここを変えていかなければならない」というポイントを発見するコツはありますか?
当施設にはカフェスペースがあるのですが、以前はそこに大きなゴミ箱が2つありました。それもちょっと離れて置かれていました。ある時、掃除を担当している職員さんが2つのゴミ箱からゴミを集めてたんです。その時に、「あれ?こんな近くで2つもゴミ箱いらないよね」と思い、その場で「1個にしよう」と言いました。
「二度手間しなくていい」などの、そういう感性みたいなのがあると見えてくるんじゃないかなと思っています。
__新しい取り組みには、職員の理解も必要だと思いますが、職員に理解してもらうためにどのようなことを工夫していますか
当法人の場合は、私がどこまで本気で見て関わるかだと思います。職員に新しいことをただ「やりましょう」と話してもあまり変化を好まないです。私が「やる」と決めてやれば新しい取り組みも少しずつ進んでいきます。結局は、船頭さんがどちらに向かうかっていうことなので。そこが決まれば職員さんもそれに合わせてくれると思います。今までの3年間を見てもそう思いますね。
せっかく入社していただいた方が1ヶ月ぐらいで退職された時は、ちょっとショックを受けたのですが、水槽の中の水を入れ替えるように、少しずつ変化を進めて2025年には落ち着かせていけると思います。
小さく変えやすいところから変えていくことが大事
__新規のICTや外部サービスを検討している方にメッセージを
いきなり全部に導入するのではなく、例えばカメラを共用部分に1台だけつけるだけであれば、そこまでにコストはかからないと思うので、まずは小さなチャレンジをしていただければと思います。ドクターメイトにしても、Dスタというeラーニングサービスもあり、研修をする時間や準備する時間が削減できました。このように、小さく変えやすいところから変えていくことが大事だと思います。特に事務周りは配置基準に縛られることもないので、一番やりやすいと思います。
社会福祉法人慶睦会
社会福祉法人慶睦会は「愛し愛される介護」を法人理念とし、それぞれのご利用者様の個を尊重し、生活の質の向上、心の安定を追求しています。また、岐阜県初の共生型介護施設を建築し、みんな違ってみんな良いとの思いで共生の社会を築いていこうと歩み出しました。また、「岐阜県ワーク・ライフ・バランス推進エクセレント企業」の認定を受け性別、年齢、障害の有無を問わず、働きやすい職場を実現、年2回の面談の実施や、長期休暇中の学童保育の実施、保育料補助など独自の福利厚生制度の充実に力を入れています。また、ダイバーシティの推進にも積極的に取り組み、障がい者や高齢者、シングルマザー・ファザーなど、様々な事情を抱えながらも前向きに頑張る方たちのサポートにも注力しています。