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【ニュース解説】国内2剤目のアルツハイマー病治療薬 その効果は?費用は?

長らく治療薬の少なかったアルツハイマー病でしたが、昨年9月、日本のエーザイが米バイオジェンとともに開発したレケンビ(一般名:レカネマブ)が承認され、12月に発売されました。そして9月24日、新たに米イーライリリーが開発したケサンラ(一般名:ドナネマブ)が正式に承認されました。今回はこの新薬について解説します。

アミロイドβ(ベータ)を取り除く注射薬

ケサンラとレケンビは、薬の効き方としてはほぼ同じです。脳内に沈着して神経細胞を死滅させてしまう悪性のタンパク質であるアミロイドβ(ベータ)を取り除く注射薬です。

具体的にはケサンラ、レケンビとも、アミロイドβにくっつくように人工的に設計された抗体が薬の成分です。こうした人工的に製造した抗体を使用する医薬品は抗体医薬品と呼ばれます。ケサンラやレケンビを注射すると、体内に入った抗体が脳内のアミロイドβめがけてくっつきます。これを目印に周囲に集まった免疫細胞の働きでアミロイドβが分解・除去されます。

ただ、1つだけレケンビとケサンラの作用には違いがあります。これを説明するために、アルツハイマー病の原因であるアミロイドβの体内での動きを知らなければなりません。

アミロイドβは最初に体内にできた時はモノマーと呼ばれる一本の糸のような繊維状です。そしてモノマー同士が次第に血中で塊を作っていきます。塊の進み具合で、モノマー→オリゴマー→プロトフィブリル→フィブリル→アミロイドプラークと変化していきます。変化が進めば進むほど、アミロイドβの塊は大きくなり、かつ固くなります。そして最終段階のアミロイドプラークが脳内に沈着し、主に神経細胞を死滅させます。ちなみにモノマーは無害ですが、オリゴマー以降の塊は神経細胞に対する毒性があることがわかっています。

一足先に発売されたレケンビはこの塊りの中でも主にプロトフィブリルに結合し、アミロイドプラークにも結合します。これに対し、今回承認されたケサンラはアミロイドプラークのみに結合します。

この違いは画像診断でも確認できます。レケンビもケサンラも陽電子放出断層撮影(PET)と呼ばれる画像診断(アミロイドPET)で、脳内にアミロイドβ、つまりは前述のアミロイドプラークの沈着が確認できる人が投与対象となるのですが、投与を続けるとアミロイドPETでアミロイドプラークの減少が確認できます。そしてケサンラの場合は、かなり短期間でアミロイドプラークが消失し、一部の人では半年ほどで画像診断でアミロイドプラークがほとんど確認できない水準になることも確認できています。

端的に表現すると、アミロイドプラークのみを標的にしているケサンラはより迅速に、アミロイドプラークとともにプロトフィブリルを標的にしているレケンビはゆっくりアミロイドプラークを除去するのです。

臨床試験で分かったその効果と安全性

両者については、実際に臨床試験で確認された効果と安全性に違いも大いに気になるところです。ただ、厳密にケサンラとレケンビを直接比較した臨床試験が行われていないため、断定的なことは言えません。ここからはそれぞれの承認の決め手となった臨床試験結果の紹介と可能な範囲での比較を示します。

まず、臨床試験に参加した患者は、ケサンラの方がやや高齢で症状も進行しているようです。

有効性の評価は、レケンビでは主な評価指標として認知症の重症度や進行度を評価する臨床的認知症尺度(CDR)を使用しています。これは認知症で認められる症状や周辺環境変化を6項目に分類し、医師が患者や家族に問診して各項目で5段階に設定された深刻度を評価し、各段階で定められたスコアの合計(CDR-SB、18点満点)で評価するものです。点数が高いほど症状が進行していることを意味しています。ケサンラの臨床試験では、CDR-SBは二次的な評価項目です。

主な評価項目に設定している場合と二次的な評価項目に設定している場合では何が違うのかですが、臨床試験では主な評価項目をより厳格に評価できる試験デザインになっています。このため二次的な評価項目で示された結果はやや信頼性が落ちます。こうした前提でレケンビ、ケサンラの臨床試験での有効性を見ていきます。

まず、それぞれを約1年半投与した時点でのCDR-SBの点数は、プラセボ(偽薬)を投与していた人に比べ、レケンビでは27%、ケサンラでは29%低下していました。言い換えるとアルツハイマー病の進行がそれぞれ27%、29%抑制されていたことになります。ケサンラの臨床試験参加者のほうがより重度の傾向はありますが、一方でケサンラではCDR-SBは二次的な評価項目なので結果の信頼性はやや落ちます。それらを踏まえたうえで、ざっくりとした見立てをすれば、両者の効果はほぼ同じと言えます。

ちなみにケサンラの臨床試験では、アミロイドβとともに脳内に蓄積してアルツハイマー病の原因となっているもう1つの悪性タンパク質「タウ」との関係も調べています。それによると、臨床試験の参加者でもタウの蓄積が少ない人では、前述の進行抑制効果が36%とより高くなっています。

では安全性はどうでしょうか?以前、レケンビについて解説した時にも触れましたが、アミロイドβに対する抗体医薬品では、「アミロイド関連画像異常(ARIA)」という特有の副作用があります。アミロイドβは脳内で神経細胞のほかに血管壁にも貯まるため、血管の一部が脆弱になっています。このためレケンビやケサンラを投与すると、この血管壁に貯まったアミロイドβにも抗体が結合して分解・除去する際、血管から血液の液体成分あるいは血液そのものが滲み出るのがARIAです

ARIAは血管壁からにじみ出た血液の液体成分で脳組織がむくむ「アミロイド関連画像異常-浮腫/浸出(ARIA-E)」、血管から出血する「アミロイド関連画像異常-微小出血/脳表ヘモジデリン沈着(ARIA-H)」の2種類があります。この診断はMRI(磁気共鳴画像)で行います。

ケサンラの臨床試験では、ARIA-Eは24.0%、ARIA-Hは31.4%の人で確認されています。ちなみにレケンビの臨床試験では、ARIA-Eは12.6%、ARIA-Hは17.3%でした。前述のように臨床試験の設定に若干違いがあるため、単純比較はできませんが、ケサンラのほうが副作用は2倍弱多いことになります。

もっともこの違いは、すでに説明したケサンラとレケンビの効き方の違い、ケサンラはより大きく固いアミロイドプラークのみを標的にしていることから推定ができます。つまりケサンラでは神経細胞や血管にはりついたより大きく固いアミロイドプラークを人為的にはぎとることになるので、血管を損傷する確率は理論的に高くなると考えられます。

4週間に1回の投与 対象となる患者には条件あり

ここまでを概観すると、ケサンラは画像診断で確認できるアミロイドβを分解・除去する効果が高い一方で副作用の頻度は多めと言えるでしょう。

さて、ケサンラとレケンビは薬としての科学的な性格にほぼ違いはありませんが、実際の使用に際しては1つ違いがあります。レケンビは2週間に1回、点滴で静脈注射をしますが、ケサンラではこの頻度が4週間に1回となります。通院の手間はケサンラのほうが少なくて済みます。

なお、ケサンラもレケンビと同じく保険適応としての対象患者は、軽度アルツハイマー病とその前段階の軽度認知障害(MCI)です。レケンビでは、この対象者のうち前述のアミロイドPETあるいは脳脊髄液検査(CSF検査)で、アミロイドβの脳内沈着が確認されたケースのみが投与対象で、ケサンラでも同様の縛りが付くことはほぼ確実です。

いまのところケサンラの公定薬価は決定していません。すでに発売済みのレケンビは体重に応じて投与量が決まり、体重50kgの人での年間薬剤費は約300万円。ケサンラは体重に関わらず投与量は一定ですが、一足先に承認されたアメリカの年間薬剤費は、日本円換算で80万円ほど高くなっています。おそらく日本でも年間薬剤費はレケンビより高くなると予想されます。

もっとも日本の場合、高額療養費制度があるので、ケサンラあるいはレケンビを使った場合の自己負担額は、70歳以上で年収156~370万円の人ならば年間14万4000円が自己負担上限額となります。

今回のケサンラもすでに発売されたレケンビも「アルツハイマー病の進行を遅らせる薬」であって「アルツハイマー病を治す薬」ではありません。軽度アルツハイマー病と診断された人が、中等度アルツハイマー病まで進行する期間を、これまでより半年から1年程度遅らせるのがこの薬の効果です。

というのも、ケサンラやレケンビは脳内に沈着したアミロイドβを分解・除去はしますが、投与時点までのアミロイドβ沈着で損傷を受けてしまった神経細胞を元には戻せないからです。こうした神経細胞を元に戻す治療法は現時点で存在しません。こうしたこともあって臨床試験で示された効果は、患者、患者の家族、介護者はおろか医師ですら患者自身の様子から実感できるレベルではないといえます。

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