新型コロナウイルス感染症による第7波は今のところまだ襲来はしていませんが、今後介護業界には新たな波が押し寄せるかもしれません。
国の予算をはじめとする財政について審議を行う財務大臣の諮問機関「財政制度等審議会」の財政制度分科会が4月13日に開催されました。
2024年の診療報酬·介護報酬の同時改定を前に財務省が投げた“牽制球”
ちょうど2年後の2024年は診療報酬・介護報酬の同時改定時期に当たります。そしてこの改定は国が「地域包括ケア」の確立を目指す2025年の前年にあたります。今春、診療報酬は改定されましたが、新年度早々のこの会議体の議論はこの同時改定と地域包括ケア確立に向け、財務省が考える医療・介護政策の方向性を示すもの。とりあえず4月13日の会議では今後の議論に向けた論点が提示されました。関係者は気に留めておかなければならないものですので、これについては複数回にわたって内容を解説しようと思います。
財政制度等審議会での議論は、もちろん各領域の現場のヒアリングなども踏まえますが、あくまで財務省はお金の出入りを管理する省庁なので、現場の苦労はそこそこに、お金の面からバッサリと切り込んできます。誤解を恐れずに言えば、現場を無視した見解が提示されます。そのことは財務省側も百も承知です。なので財務省が厳しく指摘した内容について、関係省庁や政治との駆け引きがあり、その結果として落ち着いた話に最終的に予算がつきます。つまり財政制度審議会の分科会で示されるのは、かなり粗い論点で、示された論点のすべてが近々の診療報酬・介護報酬改定で実現されるわけではありません。
ただ、この粗い論点に対して関係省庁が調整に失敗すると、それが現実のものになるという「危険性」を孕んでもいます。その意味で「気にするようで気にしない」という絶妙な対応が必要になります。少なくともここでの論点はどんな粗いものでも5年後、10年後には現実のものになるかもしれないことを念頭に、備えは怠ってはならないということになるでしょう。前置きが長くなりましたが、示された論点を見ていきましょう。 まず、そもそも介護保険はなぜ創出されたのでしょうか?これは医療的対応の必要性が少ないにもかかわらず、医療機関で入院していた「高齢者の社会的入院」の解消にありました。こうした医療費を削減し、新たな公的保険で対応することで国の社会保障費総額を低下させるのが介護保険創設の目的でした。しかも周知のとおり介護保険創設で新たに保険料も徴収するので、その点からも国の財政負担を軽減するのには好都合という制度設計でした。2000年に創設されてから20年超が過ぎた、今回の論点ではこうした国の目論見の「採点結果」が冒頭に示されています。結論から言うと、合格点はあげられないというのが財務省の主張です。具体的に見ていきましょう。
当初見込みを上回るペースで膨らんだ介護保険からの費用支出
まず、分科会では「介護費用は制度創設時に予測した水準に比べて増加している。制度創設時の推計は、推計時点(95年度)から単価が変わらない前提としているが、その後の名目GDPの推移を勘案したとしても、実績が制度創設時の推計を上回る」としています。
制度創設時に示された介護保険で支出される金額の推計値は2010年度分まででしたが、2010年度の実績値は7兆8000億円、これに対して推計値は6兆9000億円でした。もちろん示された論点にも記述があるように、推計値は95年から介護サービスの単価が変わらないという前提で物価変動などを考慮しなければなりませんが、それを考えるうえで指標となる名目GDPは95年を100とすると、2010年までは94.7~102.3。つまり介護費用についても単純に2.3~5.3%の誤差があると考えることになりますが、実績値は明らかにこの幅を超えています。すでに2022年度の介護保険からの費用支出推計は13兆3000億円とされていますので、介護保険創設年の2000年度の実績3兆6000億円のほぼ4倍に膨れ上がっています。
そしてこれに介護費用に連動して変動する介護保険料についても、論点では「当初見込みを上回るペースで上昇した」と記述しています。介護保険創設時の第1期(2000~2002年度)の保険料の全国ベース平均額は2911円でしたが、第8期(2021~2023年度)は約2倍の6014円となっています。
この原因について論点では「居宅サービス費用の大きな増加や当初見込みを上回る要介護認定者数の増加が考えられる」としています。実際、介護保険創設時の推計では、2010年に390万人としていましたが、同年の実績値は509万人と30%増でした。すでに2019年の要介護認定者の実績値は669万人で、第一次ベビーブームで生まれた団塊の世代が全員後期高齢者となる2025年度にはこの数はさらに膨れ上がります。
実際今回の論点資料でも、国立社会保障・人口問題研究所の「日本の将来人口推計」を引用しながら、「今後については、75歳以上の高齢者が2030年頃まで増加し、その後も要介護認定率や1人当たり介護給付費が殊更に高い85歳以上人口が増加していくことが見込まれる」との分析を提示しています。
財務省が示したキーワードは“効率化”
当然ながら介護サービスに従事する必要人材は増加していくわけですが、少子高齢化の日本では労働人口は減少傾向にあります。多くの介護事業所関係者も人材確保に悩んでいるので、「何をいまさら」の感はあるでしょう。そのうえで論点では「介護現場の効率性の向上を図ることなく介護人材を確保していく選択肢は考えにくい」と指摘しています。
ここでの重要キーワードは「効率化」です。
さらに「典型的な労働集約型産業である介護保険事業においては、人件費のウェイトが高いため、介護給付費の動向も効率的な人員配置を実現できるかにかかっており、このことが限られた財源のもとで介護の現場で働く方々の処遇改善を実現するうえでも不可欠である」とも述べています。ここでの重要キーワードは「限られた財源」です。
ここまでをまとめると、「お金はないから効率化して現場を回そう」ということです。予算がないとはいえ、介護報酬は改定しなければなりませんから、要は「今後は削るところは削って増やすところは増やすという付け替えを行います」と言っているわけです。ではどこに誘導していくかと言えば、「効率化に励むところにお金を上げます」ということです。