7月中旬から突入したオミクロン株BA.5による第7波では、第6波ピーク時の倍以上、1日20万人を超える日本国内ではまた新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の感染者報告数が急増し始め、すでに第7波に突入したと言われています。そうしたなかで岸田文雄首相は7月14日の記者会見で、これまで基礎疾患保有者と高齢者に限定していた新型コロナワクチンの4回目接種対象者を医療従事者と高齢者施設職員へも拡大することを明らかにしました。早ければ今週中に医療従事者や高齢者施設職員への4回目接種が始まります。感染拡大が原因と言えばそれまでですが、「今まで対象になっていなかったのにいきなりなぜ?」と思う方も少なくないと思います。そこで今回はこの点について解説したいと思います。
どれをもって「ワクチンの効果」となるのか?
そもそも現在日本で主に使われているファイザー製、モデルナ製のワクチンは「mRNAワクチン」と呼ばれる従来はなかった全く新しいタイプのワクチンです。このワクチンは新型コロナウイルスがヒトの細胞に入り込もうとする際のフックとなるスパイクタンパク質に対する抗体を作り出します。ワクチン接種で抗体ができれば、体内に入った新型コロナウイルスのスパイクタンパク質に抗体がくっついて細胞内に入り込むのを邪魔するという原理です。
もともとこのワクチンはファイザー製は3週間間隔、モデルナ製は4週間間隔で2回接種することが基本で、臨床試験では90%を超える高い有効率が示されました。
ちなみにワクチンの効果は3種類あります。まず、ワクチン接種できた抗体が、ヒトの細胞へのウイルスの侵入そのものを防ぐ「感染予防効果」、一部の細胞への侵入を許したものの、それが限定的なため症状が出るに至らない「発症予防効果」、運悪く発症するまで至ったものの入院や死亡を防ぐ「重症化予防効果」です。
おそらく一般的な理解は「ワクチンの有効性=感染予防効果」と思われますが、日本の厚生労働省を含め、各国の規制当局が新しいワクチンを承認時に評価している製薬企業提出データは「発症予防効果」のものです。「感染予防効果」のデータが使われないのは、承認前の臨床試験でそうしたデータをはじき出すのが「至難の業」だからです。
今回の新型コロナウイルスのように一部のウイルスは感染後に無症状の人もいます。この場合に感染予防効果を厳格に確認するためには、臨床試験参加者にPCR検査を毎日、数ヶ月も行わなければなりません。ワクチンの臨床試験参加者は通常は数万人規模ですので、そのような形で検査を行うのは理論上は可能でもコストや労力面からは非現実的です。このため実際の臨床試験では、その感染症が疑われる症状が出た人のみにPCR検査などを実施して感染を確認して有効性を判定しています。つまり臨床試験で確認しているのは「発症予防効果」なのです。「感染予防効果」については市販後の接種者、未接種者などの感染状況の膨大なデータから統計的に推計します。また、「重症化予防効果」は臨床試験での発症者の経過を追跡することで算出可能です。
さらに加えて言うと、「発症予防効果の有効率が90%」の意味は、「ワクチンを接種した人の90%が発症しない」ということではありません。正確には「ワクチンを接種した集団での発症率は、接種しない集団より90%低い」という意味です。
続く変異との”いたちごっこ”
さて、今回の新型コロナパンデミックでは、当初中国で確認されたウイルス株(野生株あるいは武漢株)から一部の遺伝情報が入れ替わった変異ウイルスが何度も出現し、感染の主流ウイルスが複数回入れ替わっています。この入れ替わりは日本をはじめとする先進国では、おおむね武漢株→アルファ株→デルタ株→オミクロン株の順です。現在のワクチンは武漢株を基に作られたので、変異株が登場すると有効性が変化します。そこで海外などで研究からワクチンの2回接種の有効性をウイルス株ごとに表にまとめました。
ひと目見れば分かる通り、ワクチンの効果は変異株の変遷とともに低下し、とりわけ最近の主流であるオミクロン株でかなり低下しています。これはワクチンが標的とする新型コロナウイルスのスパイクタンパク質が約3万個の遺伝情報で構成されているなかで、主な変異がアルファ株とデルタ株は9個に対して、オミクロン株に至っては32個もあるからである。
オミクロン株と新型コロナワクチンで誘導されたヒトの抗体とのせめぎ合いを、指名手配犯とそれを追う警察官との関係に例えると、警察官(ワクチンでできた抗体)が事件発生直後の指名手配犯の写真(変異前のウイルスのスパイクタンパク質の遺伝情報)で犯人を追跡するものの、指名手配犯が手配写真から32カ所も変装してしまい、効果的に発見しにくくなっているようなものです。
また、これまでの研究から、ワクチン接種でできた抗体は2回の基本接種完了からしばらくは血中を循環していますが、その量は半年程度で大幅に減少します。
この変異箇所の多いオミクロン株の特性と接種からの時間経過とともにワクチンの効果が落ちることが重なって、2回接種から約6カ月後のオミクロン株に対するワクチンの有効率は感染予防効果で約24%、発症予防効果で約15%、重症化予防効果で約60%まで低下することが海外の研究で明らかになりました。このためまずは3回目接種ということになりました。
これは減少した血中の抗体量を上昇させることが主な目的です。前述の警官と指名手配犯の関係に改めて例えると、変装(変異)があるとはいえ、まだ手配犯の面影が残る手配写真を覚えた警官(抗体量)を大量に増やして対応するという戦略です。実際、千葉大学病院がファイザー製3回接種をした職員1372人を対象に行った研究では、3回目接種の直後の抗体量は、2回接種直後のピーク時よりも10倍以上、3回目接種直前に比べると最大で38倍も増加していました。
4回目接種 その効果についての最新データ
3回接種完了後のオミクロン株に対するワクチンの有効率は、海外では感染予防効果で70%強、発症予防効果で約65~69%、重症化予防効果で約90%と報告されています。
もっともこの3回目接種による効果でも課題は見えてきました。2回接種後と同様に時間とともに血液中で確認される抗体量が減少することです。イギリスの研究ではだいたい発症予防効果は2回接種後より短い5か月程度でほぼ消失してしまうことが分かりました。そこで登場してきたのが4回目接種という戦略です。ややイタチごっこのようにも思えるかもしれません。
これを最初に行ったのはイスラエルです。イスラエルで重症化リスクの高い60歳以上を対象に行った4回接種の研究結果は今年4月に報告されました。それによると4回接種直後の有効率は感染予防効果で65%程度まで回復したものの、約2ヶ月には22%まで低下することが分かったのです。接種回数が増えるごとに、効果減少のスピードが増しています。ただ、この研究からは重症化予防効果の有効率は4回目接種の約2ヶ月後でも80%以上の高さを維持していました。
一方、イスラエルでは同時期により若年層である医療従事者に対してもファイザー製の3回目接種完了から4カ月以上経過した人を対象にファイザー製あるいはモデルナ製の4回目接種を実施した研究結果も公表しています。こちらは確かに4回目接種直後の抗体量は接種直前に比べて増加しました。ただ、その増え方は最大で約10倍。先ほど千葉大学病院での研究では3回目接種直後はその直前に比べて最大38倍も抗体量が増えたと書きましたが、それと比べれば明らかに低いレベルです。
また、3回接種のみの人と比べた4回接種の有効率は、感染予防効果がファイザー製で30.0%、モデルナ製で10.8%、発症予防効果がファイザー製で43.1%、モデルナ製で31.4%でした。効果がないわけではありませんが、高齢者と比べて限定的です。こうしたことから、イスラエル以外で4回目接種を開始した日本、イギリス、フランス、ドイツのうち、ドイツ以外は高齢者と基礎疾患保有者のみを対象としました。
この背景には、mRNAワクチンの場合、接種後に発熱などの自覚症状のある副反応の頻度が多いという事情もあります。ざっくり言うと、新型コロナワクチンの4回目接種の有効率は、よく知られたインフルエンザワクチンと同程度です。ただ、両者が違うのは、新型コロナワクチンでは接種後に発熱など自覚症状を伴う副反応が比較的多いという点です。限定的な効果で副反応も少なくないワクチン接種を若年層に推奨するのを躊躇したということです。
もっとも現下の感染爆発を考えると、高齢者や基礎疾患保有者と接する機会が多い医療従事者や高齢者施設職員が無防備なのはやや問題です。オミクロン株は重症化しにくいとは言われていますが、感染力が強いため、医療機関や高齢者施設では現在も頻繁にクラスターも報告されているからです。特にただでさえ人手不足が指摘されている高齢者施設では、クラスター発生や濃厚接触者の隔離で働き手が不足するような状況は避けたいのが実状でしょう。
また、冷静に考えれば4回目接種で発症リスクが30~40%低下させられるのですから、一定の意味はあります。「めんどくさい」「また熱出るのはちょっと」という人もいるかもしれませんが、接種については慎重かつ前向きに検討したいものです。
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