6月6日に関東甲信越は梅雨入りが始まった模様と報じられました。実は今年の梅雨入りは西日本ではかなり遅れています。現時点で梅雨入りが宣言されたのは、この他には沖縄、奄美ぐらいです。そして平年の梅雨明けはおおむね7月中旬くらいとなります。そうなるとまさに夏本番。そろそろ熱中症に注意が必要な時期が到来します。
熱中症は聞きなれた疾患ですが、意外とその実態は知られていないものです。そこで今回は、熱中症の実態について日本救急医学会が策定した「熱中症診療ガイドライン2015」をもとに解説します。
まず、熱中症とは体内での熱の産出と熱の放散のバランスが崩れて、体温が著しく上昇した状態です。具体的な症状としてはめまいや顔のほてり、筋肉痛や筋肉のけいれん、体のだるさや吐き気、汗が止まらないあるいは汗が出ないという発汗異常、体温が高くて皮ふを触るととても熱い、呼びかけに反応しない、まっすぐ歩けないなどです。そしてご存じのように最悪は死に至ります。
2013年の熱中症死亡者の86%が65歳以上
熱中症の発生頻度は、2010~2013年のレセプトデータに基づくと、日本国内では熱中症が発生しやすい6~9月に毎年30~40万人の熱中症患者が記録されています。この4年間でみると、2010年は約32万人だったものが2013年には約41万人と緩やかに増えています。この増加理由は地球温暖化による年平均気温の上昇に求められがちですが、実は6~9月までの平均気温を例えば東京都で見ると、2010~2013年では2010年が最も高くなっているので、単純に地球温暖化の影響のみで考えられません。
ここからはあくまで推測になりますが、1つには近年は夏になると熱中症関連のニュースが増えているので、熱中症が疑わしい場合は比較的早期に医療機関を受診しているのではないかと考えられます。
もう1つ考えられるのが実は高齢化の進展です。前述した2013年に医療機関を受診した熱中症患者のうち45%は65歳以上の高齢者です。かつこの年の熱中症死亡者550人のうち同じく65歳以上の高齢者が占める割合はなんと86%にものぼります。高齢者は相対的に熱中症にかかりやすいのです。そして2010~2013年の間に65歳以上の高齢者は約300万人増加しています。その意味では、高齢者施設関係者にとって熱中症対策は決して欠かすことができないものと言えそうです。
気温だけでなく、湿度も大きな要因
熱中症が起きやすい条件については、単純に気温が高い時と考えがちですが、前述した熱中症を指す体内での熱の産出と熱の放散のバランスが崩れるという状態に影響を与えるのは気温だけでなく、湿度と日射・輻射(ふくしゃ)など周辺の熱環境もあります。ちなみに「日射・輻射などの周辺の熱環境」とは、日射を浴びたときに受ける熱、地面、建物、人体などから出ている熱のことを指します。
実はこの中で最も影響が大きいのが湿度、つまり湿度が高いことです。人間は体温が高くなると、汗をかき、これが蒸発する際に体温が低下します。ところが湿度が高いと汗の蒸発が起きにくくなる、つまり体温が低下しにくくなるからです。簡単に言えば、気温・湿度がともに高く、地面や建物の壁を触ると熱いと感じる時が熱中症のリスクが最も高いということです。
高齢者は重症化しやすい
実際の熱中症の警戒レベルはこの3つの要素を勘案した「暑さ指数(WBGT)」で表現されます。これは1954年にアメリカで提案された指標で、単位は気温と同じ摂氏度(℃)で示されます。現在環境省のホームページでは全国各地の暑さ指数を公表しています。暑さ指数に基づく運動に関する注意喚起レベルでは、実は気温24~28℃、暑さ指数で21~25℃の段階から運動中に熱中症で死亡する可能性があることが分かります。
加えて前述のガイドラインによると、熱中症の発生ピークは、梅雨明け直後、または梅雨明け前の連続した晴天の時で、発症時刻は 12 時および 15 時前後の日中が最も多いとされています。これはまだ体が夏の暑さに順応していないためです。すでにこの時期は危険水域に入り始めていることは認識しておきましょう。
ではどのような人が熱中症にかかりやすいのでしょうか?ガイドラインでは「若年男性のスポーツ、中壮年男性の労働による労作性熱中症は屋外での発症頻度が高く重症例は少ない。高齢者では男女ともに日常生活のなかで起こる非労作性熱中症の発症頻度が高い」と記述しています。要は比較的若い人は屋外での作業中にかかりやすく、高齢者は屋内で特に何もしていない時にかかるということです。ちなみに先ほど説明したように2013年のデータを見れば、熱中症の死亡者の大半は高齢者です。つまり補足すると、高齢者は熱中症で重症化しやすいということです。
なぜ屋外のカンカン照りで作業中の若年者が重症化しにくく、屋内で暑さをしのいでいる高齢者の方が重症化しやすいのでしょうか?まず前提としてなぜ屋内でも熱中症になるのかという疑問もありそうですが、先ほどの熱中症が発生しやすい条件である「気温・湿度がともに高く、地面や建物の壁を触ると熱いと感じる」という状態は窓からの日射が強烈で、エアコンなどを使っていなければ屋内でも容易に起こりえる環境だからです。ニュースなどで「熱中症は家の中でも起こります。注意して下さい」と言われるのはそのためです。
加えて重症化に関しては、屋外で作業中の若年者がかかる労作性熱中症は短時間で急速に体調変化が起きるため本人が気づきやすく、結果として受診も早くなります。また、治療に対する反応も若い人ほど良いとされています。これに対し、高齢者がかかりやすい非労作性熱中症は徐々に進行し、周囲の人に気付かれにくく対応が遅れる危険性があるからです。独居の場合、とりわけこの危険性があります。加えて高齢者の場合は熱に対する感受性、体温調節能は低下していて、基礎疾患がある場合が少なくありません。熱中症では精神疾患、高血圧、糖尿病、認知症などの基礎疾患を有する症例は重症化しやすいことが統計的に判明しています。つまり、熱中症が起こる環境では、高齢、基礎疾患あり、独居は危険因子なのです。
「施設内だから安心」は禁物
このように表記すると、高齢者施設関係者の中には「施設内は大丈夫だろう」と思う方もいるかもしれません。しかし、2003 年フランスを襲った熱波による報告では、熱中症関連死の独立した危険因子として挙げられたのは、高齢(>80 歳)、老人施設入所、心疾患・悪性腫瘍、降圧薬・利尿薬服用です。つまり施設内であっても起こりえるため、熱中症が起こる危険因子を減らさなければならないのです。とはいっても、高齢であることや基礎疾患、それに伴う服薬はどうにもしようがありません。もちろん高齢者施設では夏はエアコンを使用しているとは思いますが、梅雨の前後だと冷風がきつい高齢者もいるかもしれませんので必ずしも適正な環境になっていないこともあり得ます。その意味では梅雨の時期は湿度が高い状態を避けるために弱めに除湿モードでエアコンを使用するのも選択肢の一つです。また、日射が強い場合は窓際のカーテンを使うことやこまめな水分摂取も必要でしょう。
熱中症発生の危険水域に入ったこの時期から十分な対策を心掛けましょう。