
この記事では、特養で働く介護職員、看護職員、管理職の方々を主な読者として想定しています。
緊急時に迅速かつ適切な救急搬送を行うための判断基準、具体的な手順、そして関連する課題について解説しています。救急搬送に対する理解を深め、日々の業務に役立てていただければ幸いです。
特別養護老人ホーム(特養)における救急搬送の重要性と背景
特別養護老人ホーム(特養)において入居者の高齢化や医療ニーズの増加に伴い、施設内での急病や事故といった緊急事態への対応、特に救急搬送の判断と実施は、入居者の生命と健康を守る上で極めて重要です。救急搬送の件数は年々増加傾向にあり、高齢者の搬送が全体の約6割を占める状況です。
特養の救急搬送:判断基準と流れ
救急搬送の判断に関わる人(介護職・看護師・管理職等)
特養における救急搬送の判断には、主に現場の介護職員、オンコール待機中の看護師、そして施設長などの管理職が関わります。特に夜間帯は看護師が常駐していない施設も多いため、まず急変を発見した介護職員が初期対応を行い、待機看護師へ連絡し指示を仰ぐのが一般的な流れです。
- 介護職員:入居者の状態変化に最も早く気づく立場であり、初期観察と待機看護師への正確な情報伝達が求められます。
- 看護師:介護職員からの報告を受け、医療的な判断に基づき、救急搬送の要否や緊急時の処置について指示を出します。
- 管理職:介護事故に繋がる救急搬送など、施設全体に関わる判断が必要な場合に連絡を受け、対応を指示します。
どのような症状で救急搬送が必要か
救急搬送が必要な症状は多岐にわたりますが、特に緊急性が高いと判断されるのが多いのは以下のようなケースです。
- 意識障害:意識が混濁している、呼びかけに反応がない、ぐったりしているなど
- 呼吸困難:息切れが激しい、呼吸がゼーゼーと苦しそう、顔色が悪く唇が紫色になっている
- けいれん:全身性のけいれんが止まらない
- 激しい痛み:胸が締め付けられるような痛み、突然の激しい頭痛や腹痛、動けないほどの痛み
- 大量出血:転倒や外傷による出血が止まらない
- 骨折の疑い:転倒後、手足に力が入らない、腫れや変形がある
- その他:突然の高熱、ろれつが回らない、顔半分が動きにくい・しびれる、視野が狭くなる、異物を喉に詰まらせているなど
これらの症状が見られた場合は、生命に危険が及ぶ可能性があるため、速やかに救急車を要請することが重要です。判断に迷う場合は、オンコールを行い、看護師に相談することを優先します。
判断から救急車要請までの手順
入居者の急変を発見してから救急車を要請し、搬送するまでの基本的な手順例は以下の通りです。
1.安全確保と応援要請
入居者の安全を確保し、二次的な事故を防ぎます。
他の職員に応援を呼び、必要であればAEDも依頼します。
他の入居者の安全も確保します。
2.待機看護師への連絡
夜間帯など看護師が不在の場合は、待機看護師に連絡し、入居者の詳しい状態(顔色、意識状態、呼吸状態、バイタルサインなど)を報告して指示を仰ぎます。
生命の危険が差し迫っていると判断される場合は、看護師への連絡と並行して救急車を要請します。
3.119番通報(救急車要請)
「救急車をお願いします」と伝え、入居者の性別、年齢、容体(状況、意識の有無、出血部位など)を具体的に報告します。
施設名、正確な住所、電話番号を伝え、救急車の到着場所(例:「上の玄関でお願いします」)を明確に伝えます。
4.救急車到着までの対応
救急車が到着するまでに、入居者の発見から現在までの状況、既往歴、服用中の薬、ADL(日常生活動作)、延命措置の意向などの情報を整理します。これらの情報は救急隊員に伝える必要があるため、すぐに提示できるよう準備しておきます。
電話口で指示された応急手当を可能な範囲で行います。
5.家族への連絡
入居者の家族に、急変の状況とこれから救急車で病院に向かう旨を速やかに連絡します。
搬送先の病院が決定次第、再度連絡し、来院を促します。
6.介護事故報告書の作成
救急搬送に至った経緯を詳細に記録するため、介護事故報告書を作成します。記録する時間がない場合は、後で時系列を追えるようにメモを取っておきます。
救急搬送の現場実例・課題
判断が難しかったケース例
- 認知症の入居者:訴えが曖昧なため、症状や病状の把握が困難な場合があります。バイタルサインの変化や普段と異なる表情などから総合的に判断することが求められます。
- 精神的な訴え:入居者本人が「救急車を呼んでほしい」と訴えるものの、バイタルサインに異常がなく、急な状態変化も見られない場合に、どこまで訴えに応じるべきか判断に迷うことがあります。
- 経過観察中の急変:夜間帯に状態が急変し、救急車を要請するか、夜間対応病院を受診させるか、あるいは朝まで様子を見るかといった判断が難しいケースもあります。
搬送するも軽度であった事例
三重県の実態調査によると、約2割の施設が「救急搬送するも軽度であった事例がある」と回答しています。 病院到着時に症状が改善したケースや、入院には至らなかったが受診は必要だったケースが見られたり、 医療的な判断が困難な介護施設においては、軽度であったとしても結果論であり、ご家族や介護スタッフとしては救急搬送してよかったと感じることが多いそうです。
また、 施設として救急要請の必要性がないと判断しても、家族の強い希望によって要請せざるを得ない場合もあります。 こうした「念のため受診」は、医療者の負担や社会保障費の増加につながるため、適切なトリアージ体制の構築が課題となっています。
夜間・休日や人員配置による現場の悩み
- 看護師不在:多くの特養では夜間帯に看護師が常駐しておらず、オンコール対応が中心となるため、介護職員の判断負担が大きくなります。
- 人員配置の制約:夜勤帯の介護職員配置は最低基準ギリギリの施設が多く、救急搬送に同行すると施設内の他の業務に支障が出る可能性があります。
- 医師との連携:夜間や休日は主治医と連絡が取りにくいことがあり、判断の遅れにつながる懸念があります。
- 同行の負担:救急搬送時の職員の付き添いは、時間帯によっては非常に困難であり、他の入居者のケアに影響を及ぼすことがあります。
医療体制・スタッフ配置の実際
看護師・医師の配置状況とその影響
特養における医師の配置は義務付けられていますが、常駐しているわけではなく、健康管理や療養指導のために定期的に訪問するケースがほとんどです。約8割の配置医は特養以外の施設を主たる勤務先としています。看護師も24時間常駐義務はなく、夜間はオンコール体制が一般的です。
この状況は、特に夜間の急変時において、介護職員が初期対応からオンコール看護師への報告、そして救急搬送の判断と手続きまでを担う必要があり、現場に大きな負担をかけています。
夜間・休日の対応体制
多くの特養では、夜間の緊急時に備えてオンコール体制を導入しています。急変時は、夜勤の介護職員がまず入居者の状態を確認し、オンコール担当の看護師に連絡します。看護師は電話で指示を出すか、必要に応じて施設へ駆けつけ、医療的な判断を行います。
しかし、夜間は看護職員が不在のため、施設内での高度な医療的緊急対応は困難です。呼吸状態の変化など、施設で様子を見ることができないと判断した場合は、救急搬送を行うことになります。
同行や付き添いの現場対応
多くのケースで救急搬送時に職員が救急車に同乗し付き添っています。しかし、夜間や人員が少ない時間帯での同行は、他の入居者のケアに影響を及ぼすため、大きな負担となります。
- 基本的には、家族が同乗するが、間に合わない場合は施設職員が同乗または搬送先に向かいます。
- 緊急時の情報連絡票に詳細を記入し、救急隊員に提出することで、職員が付き添わなくても情報伝達がスムーズに行われる工夫もされています。
- 職員が付き添わなかった場合でも、多くの施設で家族に搬送先へ向かうよう要請しています。
搬送時の家族対応と手続き
家族への連絡方法・タイミング
入居者の急変により救急搬送が決定した場合、家族への連絡は速やかに行う必要があります。
- まずは、「××園介護職員〇〇です。△△さん(対象者氏名)が~時頃より~で、これから救急車で病院に向かいます」と状況を簡潔に伝えます。
- 搬送先の病院が未定の場合は、「行き先の病院が決まっていないので、決まり次第、電話で報告します」と伝え、一度電話を切ります。
- 病院が決定したら、「■■病院へ向かいますので、ご家族の方も向かっていただけますか」と改めて連絡し、家族が来院可能かを確認します。
- 家族が遠方などで病院に来られない場合は、その旨を病院の待機看護師に伝えます。
- 家族が病院へ駆けつける際は、保険証や薬歴など、医療機関で必要になる情報をすぐに提供できるよう、普段から準備しておくよう促すことも大切です。
家族が同行できない場合の対応
家族が遠方である、連絡がつかない、あるいは緊急の都合で同行できない場合、施設職員が救急搬送に付き添うことが多くなります。その際、以下の情報を持参し、搬送先医療機関に提供します。
- 入居者の氏名、生年月日、年齢、性別
- 既往歴、服用中の薬、アレルギー情報
- 日常生活動作(ADL)や認知症の有無、行動・心理症状(BPSD)
- 発見時の状況、それまでの経過、バイタルサイン
- かかりつけ医の情報、協力病院の情報
- 家族への連絡状況
- DNAR(蘇生措置拒否)の意向
これらの情報が記載された「緊急時の情報連絡票」や「申し送り表」、日常の様子についてのサマリー、お薬手帳、医師からの救急外来宛FAXなどを救急隊員に渡し、病院でもスムーズな情報共有ができるようにします。
身寄りのない入居者への配慮
身寄りのない入居者が救急搬送される場合、家族に連絡できないため、施設職員が全ての対応を担うことになります。緊急連絡先が不明な場合は、身分証明書や持ち物から連絡先を探したり、警察に協力を仰いだりすることもあります。日頃から入居者情報や緊急連絡先を整理し、保管場所を明確にしておくことが重要です。
看取り・終末期・延命希望との関係
DNAR(蘇生措置拒否)意向の確認と搬送判断
人生の最終段階にある入居者の中には、心肺停止時に「心肺蘇生(CPR)の実施を望まない」(DNAR:Do Not Attempt Resuscitation)という意思を持つ方がいます。しかし、救急隊は消防法に基づき、原則として心肺蘇生を実施し医療機関へ搬送します。これは、救急現場が一刻を争うため、事前に患者の意思を把握することが困難であるためです。DNARの意思表示があったとしても、救急隊は処置を継続して搬送するよう申し合わせがされています。
施設としては、入居者やご家族のDNAR意思を事前に確認し、書面で記録しておくことが重要です。その上で、急変時に救急車を呼ぶべきか迷うような症状であれば、主治医に連絡し指示を仰ぐのが正しい対応です。
看取り希望者への救急対応の実情
看取り期にある入居者で、本人や家族が延命措置を望まない場合でも、急変時には家族が慌てて救急車を要請することがあります。三重県の実態調査では、看取り期の入居者の搬送事例が23.2%の事業所であると回答しています。「看取り期で、主治医とご家族相談の上で決定された意向に沿って対応する」「家族が延命を望む場合は要請する。看取りを望む場合は要請しない」といった意見もあり、施設の方針や家族の意向が大きく影響します。
終末期高齢者の救急搬送を減らすためには、事前に本人と家族、医師、施設職員が「人生会議(ACP:アドバンス・ケア・プランニング)」を行い、今後の医療やケアの方針、容体変化時の対応について話し合い、その意思を書面にして共有することが重要です。
施設としてのトリアージ態勢
適切なトリアージができる施設は、看取り率が高いという先行研究もあります。医師が常駐する老健では、受診や搬送を経ての入院率が高い水準であり、救急搬送の多くが入院につながっていることから、適切なトリアージができていると考えられます。一方、特養では受診判断のほとんどが看護師によるもので、医師にいつでも医療相談ができる老健との差が浮き彫りになっています。
施設としては、以下のようなトリアージ態勢の強化が求められます。
– 看護師の人員配置やオンコール体制の改善
– 介護職員の観察スキル向上と情報伝達の徹底
– 配置医や協力医療機関との連携強化、情報連携の仕組みづくり
– 不必要な救急搬送を減らし、本当に必要な医療を迅速に提供するための仕組みづくり
職員の負担・今後への提言
職員にかかる心理的/業務的負担
特養職員にとって、救急搬送は大きな心理的・業務的負担となります。
– 心理的負担: 急変時の緊急対応は、一刻を争う場面での判断が求められ、入居者の生命に関わる責任の重さから強いストレスを感じることがあります。特に夜間帯は少人数で対応することが多く、不安感が増大します。
– 業務的負担: 救急搬送時には、初期対応、家族への連絡、救急隊への情報提供、病院への同行・付き添い、その後の報告書作成など、多岐にわたる業務が発生します。同行する職員は長時間施設を離れることになり、他の職員の業務負担が増加したり、残された入居者へのケアが手薄になったりする可能性があります。
役割分担の妥当性と現場の声
現状の夜間オンコール体制や人員配置では、現場の職員に過度な負担がかかっているとの声が聞かれます。
– 「夜勤帯は看護師不在でオンコール対応であり、介護職員も配置基準ギリギリのため、救急隊に同乗を求められると困惑する」
– 「基本的には勤務している者が付き添うべきだが、その時の状況をよくわかっているからこそ負担も大きい」
– 「施設長や看護師長が夜間・休日の救急搬送に同行しないのはおかしい」といった意見もあり、役割分担の明確化と公平性の確保が求められます。
– オンコール手当が支給される施設もありますが、緊急時の精神的負担や時間的拘束に見合うかという課題もあります。
救急搬送判断・対応体制の課題と改善ポイント
- 医療体制の強化: 看護職員の人員配置を手厚くし、看護師が不安なく医療対応できる体制を構築することが重要です。医師が診る範囲と外部医療機関に委ねる範囲の再整理、明確化も必要です。
- ICTの活用: 見守りシステムなどのICT機器を導入することで、夜間帯の巡回業務の負担を軽減し、異常の早期発見につなげられます。これにより、夜勤帯の人員配置基準の緩和にも繋がり、職員の負担軽減に貢献します。
- 事前準備の徹底: 救急対応マニュアルの作成と職員への周知徹底、入居者ごとの緊急連絡先や医療情報の整理、看取りに関する家族との話し合い(ACP)の推進が不可欠です。
- 多職種連携の強化: 医師、看護師、介護職員、ケアマネジャーなどが日頃から密に連携し、情報共有を円滑にすることで、緊急時の迅速な判断と対応が可能になります。
- 行政からの啓蒙活動: 終末期高齢者の看取りに関して、行政サイドからも広く啓蒙活動を行うことで、家族の理解を深め、不必要な救急搬送を減らすことにつながります。
施設職員が知っておきたい救急搬送のポイント
特別養護老人ホームにおける救急搬送は、入居者の生命を守るための重要な責務です。緊急時には、介護職員、看護師、管理職がそれぞれの役割を理解し、連携して対応することが求められます。
- 迅速な判断と行動: 急変時は、落ち着いて状況を判断し、安全確保、応援要請、待機看護師への連絡、そして必要であれば119番通報を速やかに行うことが重要です。
- 情報共有の徹底: 入居者の医療情報、既往歴、服用薬、家族への連絡状況などを正確に把握し、救急隊や搬送先医療機関に的確に伝えることが、適切な医療提供につながります。
- 事前の意思確認: DNAR(蘇生措置拒否)や看取りに関する入居者・家族の意思を事前に確認し、書面で共有しておくことが、倫理的かつ適切な対応の基盤となります。
- マニュアルの活用: 施設全体で救急対応マニュアルを作成し、職員がいつでも確認・実行できる体制を整えることが、緊急時の混乱を防ぎ、迅速な対応を可能にします。
今後求められる体制と現場へのエール
高齢化社会が進む中で、特養における医療ニーズはますます多様化・複雑化しています。職員の負担軽減と質の高いケアの両立のためには、以下のような体制が今後さらに求められます。
- 医療提供体制の強化: 看護師の増員やオンコール体制の充実、協力医療機関との連携強化を通じて、施設内で対応できる医療ケアの幅を広げることが期待されます。
- ICTの積極的導入: 見守りシステムや介護記録ソフトなどのICTを活用し、業務の効率化と職員の負担軽減を図ることが、介護人材不足解消の一助となります。
- 職員の教育と支援: 救急対応に関する研修の実施、心理的サポート体制の整備、適切な役割分担と評価制度の確立により、職員が安心して働ける環境を構築することが重要です。
現場の職員の皆様は、日夜、入居者の方々の生活を支え、緊急時にも尽力されています。その尊い努力が報われ、より働きやすい環境が整備されることを心から願っています。



