folder_open 介護施設経営・運営 calendar_month update

介護経営者にこそ”経営的視点”が必要な理由とは~「質の高いサービス」か「安定した経営」かの二者択一からの脱却~

日本の高齢者人口がピークを迎える2040年。さまざまな高齢者向けビジネス/サービスが市場拡大を成長のチャンスとして捉える一方、特養など入居型施設に代表される介護保険事業者はかつてないほどの経営危機に直面しています。原油価格の高騰に伴う物価の上昇や生産人口減少に伴う人件費・輸送費の上昇が続くにも関わらず、介護報酬の伸びはそれを補うものとなっていないのが現実です。

公益社団法人全国老人福祉施設協議会が実施した令和7年度の小規模特養の経営状況等に関する調査研究事業の報告書によると、2023年度決算と2024年度決算を特養の規模別に比較したところ、広域型特養では2024年度は前年度よりも2.1ポイント赤字施設割合が減少した一方で、地域密着型特養は1.8ポイント増加。小規模特養では前年度よりは減少したものの約半数の施設が赤字になるなど厳しい結果となりました。

公益社団法人 全国老人福祉施設協議会「令和7年度⽼⼈保健事業推進費等補助⾦ ⽼⼈保健健康増進等事業 小規模特養の経営状況等に関する調査研究事業」より

そうした状況に対し、「今こそ、介護経営に”経営的視点”が必要」と語るのは、介護・医療・福祉に特化した経営コンサルティングを行う株式会社スターパートナーズ代表取締役の齋藤直路さん。小樽商科大学ビジネススクールによる介護事業者向け経営人材育成プログラム「ネクストリーダーの介護経営講座~介護ビジネスの革新的戦略~」でも講師を務める齋藤さんに今後の介護経営者が目指すべき方向性について伺いました。(聞き手:ドクターメイト メディア編集部 田中智貴)

▶︎▶︎【無料ダウンロード】財務諸表から読み解く 黒字の特養 赤字の特養 
▶︎▶︎【無料ダウンロード】最低賃金上昇の波をどう乗り越えるか 〜介護施設が直面する課題への対策〜

良い介護を持続可能にするために経営を学び、実践することが必要

これまでの介護業界では、「良い介護サービスの提供」と「安定した経営」が、別のものとして捉えられてきた面があると考えます。もちろん、利用者に質の高いケアを提供することが最も大切です。しかし、どれだけ良いサービスであっても、赤字が続いて事業を継続できなくなれば、利用者にも職員にもサービスを提供できなくなります。

介護事業には、ケアはもちろん制度や報酬についての知識は非常に蓄積されています。一方で、一般企業では当たり前に使われている、経営指標:売上、固定費、変動費、利益率、生産性、稼働率、人材配置、投資対効果などを利用して、自社分析をする文化は充分ではありません。

特に介護事業は、売上が「利用者数×単価」という比較的シンプルな構造であるにもかかわらず、その売上をさらに「稼働率」「新規利用者数」「解約者数」「平均介護度」「加算算定率」「紹介件数」などに分解して管理している事業所はまだ多くないのではないでしょうか。

さらに今後は、現在の経営状況だけを見るのではなく、5年後、10年後を見据えた中長期的な経営計画が、これまで以上に重要になります。介護業界全体で見れば高齢化は続きますが、地域によって状況は大きく異なります。すでに人口減少が進み、今後は高齢者人口そのものが減少していく地域もあります。したがって、「高齢化が進むから介護需要も増え続けるだろう」と楽観的に将来を考えることには注意が必要です。むしろ経営計画では、人口や要介護者数、働き手、競合環境などについて保守的な前提、場合によっては悲観的なシナリオも置いた上で、「その環境でも事業を持続させるためには何をするのか」を考えておくことが重要だと思います。

今の事業をそのまま拡大するのか、特定のサービスに経営資源を集中するのか、保険内・保険外の新しいサービスを開発するのか、他法人と連携・協働するのかなど、足元の運営をきちんと行うことに加えて、数字を基に将来を予測し、複数のシナリオを考えながら先手を打つ経営が重要です。福祉か経営か、という二者択一ではなく、良い介護を持続可能にするために経営を学び、実践することが必要だと考えます。

「制度」に大きく依存する介護業界 報酬改定を通して「国がどうしたいのか」を読み解く力を

2027年度の介護報酬改定や介護保険制度の見直しに向けては、「人口減少・サービス需要の変化に応じた提供体制」「介護事業者間の連携・協働化」「科学的介護・生産性向上」「有料老人ホーム等への規制」「給付と負担の見直し」といったテーマが挙がっています。つまり一言でいえば、「人材も財源も限られる中で、質の高い介護サービスをいかに持続可能な形で提供するか」ということだと思います。

報酬改定は大きな川の流れに例えられます。局地的な上がり下がりを見るのではなく、大きな視点でみて、「介護保険制度が何を実現しようとしているのか」を考えることが重要です。

インタビュー内容をもとにAIで作成

介護業界としては、介護人材が不足しているから単に人を増やすのではなく、生産性を高める。社会保障費が増加しているからこそ、自立支援や重度化防止を進める。地域によって人口動態が異なるからこそ、全国一律ではなく地域の実情に応じたサービス提供体制を考える。といった方向性で報酬改定を通して「国がしたいこと」に合わせていくことが必要です。

なぜこれからは介護経営に「経営的視点」が必要なのか

介護事業は制度ビジネスであり、公的保険制度の中で運営されている公定価格の市場です。自分たちで自由に価格を上げることができません。一方で、人件費、物価、光熱費、採用費などは上昇します。一般企業であれば、コストが上がれば価格を改定するという選択肢があります。しかし介護事業では、それが簡単にはできません。

加えて、介護報酬全体についても、増大する社会保障費との関係などから、すべてのサービスで大幅な単価上昇を期待できる環境ではありません。そのため、「売上をどう増やすか」「費用をどう適正化するか」「限られた人員でどう生産性を高めるか」を同時に考えなければなりません。

そこで重要なのが、国が推進する施策を正しく理解することです。

介護報酬では、質の向上等を目指し、制度が推進したい取組は加算等によって評価され、逆に制度趣旨から乖離した運営には減算や適正化が行われる傾向があります。したがって、経営者は単年度の収益だけではなく、数年先の制度変更まで見据えて事業モデルをつくる必要があります。

特に経営改善や業務効率化においては、単純に職員を減らしたりサービスの質を落としたりすることではなく、不要な業務や非効率な運営を減らし、限られた人材をより専門性の高い仕事、そして利用者へのケアに集中させることです。

特養運営を「経営的視点」から見直す

私たちが、特別養護老人ホームの経営を見るときには、

・収益構造(客単価) ・人員配置・人件費 ・業務オペレーション 
・加算・科学的介護 ・稼働率 ・スタッフの状況

などを分けて確認します。

ただし、重要なのはそれぞれを個別に見るのではなく、「売上とコストがどのようにつながっているのか」を見ることです。

例えば、人員、専門職、設備、教育、ICTなどのコストは、単なる費用ではありません。それによって利用者を受け入れられたり、サービスの質が上がったり、加算を算定できたりするのであれば、売上を生み出すために必要な投資です。

インタビュー内容をもとにAIで作成

固定費の削減~一律に削減することが正解ではない

固定費は一律に削減することが正解ではないと考えます。通信費、保守費、リース料、システム利用料、清掃、給食、設備管理、各種業務委託など、長年同じ契約を継続しているために、現在の規模やサービス内容に合わなくなっている費用があります。一つ一つは小さくても、年間で見ると大きな金額になります。しかし同時に、売上や生産性を支えているコストまで削ってしまえば、かえって経営を悪化させます。

そのため、「この支出は利用者への価値につながっているか」「職員の負担軽減につながっているか」「売上や加算取得に寄与しているか」「同じ効果を、より少ないコストや時間、外部サービス等の活用で実現できないか」という観点から判断する必要があります。固定費削減というより、「限りある経営資源の再配分」と考えた方が適切だと思います。

人件費は最大のコストであると同時に、最も重要な経営資源でもあります。ですから、人件費については単純に「減らす」という考え方ではなく、投入している人件費を最大限サービスの価値につなげるという発想が必要です。

役割分担もその一つです。例えば、介護福祉士がリネン交換や清掃など、必ずしも専門職でなくてもできる仕事に多くの時間を使っているのであれば、介護補助者への役割分担を検討できます。看護師が恒常的に介護業務を担って残業しているのであれば、業務分担そのものを見直し、看護師が看護業務に集中できる環境をつくります。こうした改善は、人件費を削るというより、同じ人件費の中で専門職が専門性を発揮できる時間を増やす取組と言えます。結果として職員の負担軽減や残業削減にもつながります。生産性向上の目的は、単に機器を導入したり、AI活用を進めたり、人を減らしたりすることではなく、「人にしかできない仕事に、人が集中できる状態をつくること」だと考えています。

外注や業務委託についても、「外注だから高い」「内製だから安い」と単純には判断できません。例えば、専門性の低い業務を介護職員が行うことで、本来の介護業務に使える時間が減っているのであれば、外注した方が全体として生産性が上がる場合があります。逆に、昔から契約しているだけで、現在ほとんど使っていないサービスに費用を払い続けているケースもあります。

「いくら払っているか」だけではなく、「その外注によって何時間の業務が削減され、職員がその時間を何に使えているのか」まで見る必要があります。今後は複数の介護事業者がバックオフィス業務を共同化する「協働化」も、国が推進する方向の一つになっています。一法人だけで解決するのではなく、請求、記録、書類作成などの間接業務を地域の法人同士で共有していくような発想も、今後必要になっていきます。

特養の収益を増やすには~数字を分解して原因を特定すること

特養の経営改善では、「数字を分解して原因を特定すること」が非常に重要です。

介護事業の場合、収益改善には一般企業とは異なる特徴があります。自由に価格を設定できないため、「制度上取得できる報酬を確実に取得しているか」「現在持っている定員、人員、設備を十分活用できているか」という視点が重要です。

私は売上を、「入居者数(客数)×顧客単価」という形でまず分解します。さらに、「入居者数→稼働率、新規入居数、退去数など」「単価→平均介護度、加算算定率など」というように分けていきます。

売上が足りないというだけでは、何を改善すればいいのか分かりません。しかしKPIまで分解すると、「新規紹介が少ないのか」「紹介はあるが契約(入居)につながっていないのか」「空床期間が長いのか」「取得可能な加算を取れていないのか(客単価が低いのか)」が見えてきます。

取れる加算は取るべき。ただし、新しい取り組みをする際は必ず「今ある業務から引く(やめる)」発想も重要

取得できる加算は、基本的にはしっかり取得すべきだと考えています。

本来、加算は、国が実現したい介護の方向性に対して、一定の体制や取組を行っている事業者を評価する仕組みです。特に今後は、「何を実施したか」というプロセスだけでなく、「その結果、利用者にどのような変化が生じたか」というアウトカムの評価がさらに重要になると考えています。

自立支援・重度化防止の観点では、リハビリ・機能訓練、栄養、口腔、LIFEによるデータ活用、などが別々の施策として見えますが、制度全体で考えると、利用者の重度化を防ぎ、質の高い介護を実現するための一連のプロセスと捉えることができます。

また、生産性向上についても、単にICT機器を買うことではありません。

まず現場の業務を見える化する⇒次に不要な業務や非効率な手順を見直す(やめる)⇒それでも残る課題に対してICTやテクノロジーを導入する。この順番が重要だと考えます。

「いきなりDX」ではなく、「現状把握→業務改善→DX」です。

特に業務改善については新しい取り組みをする際は必ず「今ある業務から引く(やめる)」発想が重要です。

もはや「特養は自然に入所希望者が集まり、高い稼働率を維持できる」時代ではない

近年は、住宅型有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅など、高齢者の住まいの選択肢が増えています。そのため、「特養であれば自然に入所希望者が集まり、高い稼働率を維持できる」という時代ではなくなってきています。

利用者や家族にとっては、特養も数ある選択肢の一つです。したがって、施設側も「どのような方を受け入れられるのか」「認知症や医療ニーズ、看取りにどこまで対応できるのか」「その施設ならではの強みは何か」を地域に明確に伝えていく必要があります。

そのうえで、特養の場合に特に重要なのが「ベッドコントロール」です。単に「空床が出たら次の入所者を探す」のではなく、入所中の方の入院状況、退所の見込み、待機者の状態、入所判定の進捗、次に入所できる候補者などを継続的に把握し、空床が発生する前から次の入所に向けて動いておく必要があります。

つまり現在の特養経営では、「待機者を持っていること」だけではなく、待機者を実際の入所につなげる仕組みと、地域から継続的に入所相談を得られる仕組みの両方が必要です。

病院の医療ソーシャルワーカー、地域包括支援センター、居宅介護支援事業所などとの日常的な関係づくりを行い、自施設の受入機能を理解してもらうことも重要です。ベッドコントロールと地域へのマーケティング・営業活動を分けて考えるのではなく、一体として管理する。これが、これからの特養の稼働率管理では重要だと考えています。

小樽商科大学ビジネススクール
「ネクストリーダーの介護経営講座」

齋藤さんは小樽商科大学ビジネススクールによる介護事業者向け経営人材育成プログラム「ネクストリーダーの介護経営講座~介護ビジネスの革新的戦略~」でも講師として、介護業界の次世代リーダーの育成に携わっています。第3期となる2026年度は全7回のプログラムを小樽商科大学札幌サテライト校に加え、仙台のサテライト教室やハンズオン型の支援も取り入れて実施予定。知識を学んで終わるのではなく、自法人の課題を持ち込み、実際の経営改善につなげることをより重視しています。

【2026年度 第3期生募集】小樽商科大学ビジネススクール「ネクストリーダーの介護経営講座」
受講生の募集期間は2026年7月20日(月)から9月18日(金)まで。8月31日(月)を一時締切とし、その時点で定員に達した場合は募集を締め切ります。
お申し込み・お問い合わせは https://obs.otaru-uc.ac.jp/cmm_program/ より

介護業界には、現場経験が豊富で、高い理念を持った経営者や管理者がたくさんいます。一方で、経営戦略、マーケティング、会計・財務、組織、人材マネジメントなどを体系的に学ぶ機会は決して多くありません。厳しい環境になってきたいまだからこそ、持続可能な経営体制を目指す学びの場が必要です。

北海道は、札幌のような都市部から人口減少が急速に進む地域までが共存する「広域分散型の地域構造」を持っています。そういう意味では、人口減少、高齢化、都市部への人口集中、地方でのサービス維持といった、「これから日本全体が直面する課題の縮図」ともいえる地域です。広域分散型という難しい条件を持つ北海道で持続可能なモデルをつくることができれば、それは将来、全国の地方部にも応用できる可能性があると考えています。

最終的には、この講座から地域の介護を担う次世代の経営者や経営幹部が育っていくことを期待しています。

齋藤直路
東京都出身、宮崎にて幼少期を過ごす。大手コンサルティング会社等を経て、株式会社スターパートナーズを設立。介護・医療を中心としたヘルスケア領域に特化して経営コンサルティングを提供。2018年から脳卒中に特化した保険外のサービス「脳梗塞リハビリステーション・グループ」を全国10都市で展開。その傍ら行政等の委員会有識者委員を務める。講演、執筆などメディア実績多数。九州大学大学院医学系学府卒(MPH)、日本社会事業大学大学院卒(MSW)。国立大学法人小樽商科大学大学院ビジネススクール 非常勤講師、西日本短期大学 非常勤講師。著書:「介護保険外サービスの基本がよくわかる本」「改革・改善のための戦略デザイン”介護事業DX”」(いずれも秀和システム社)など複数。

▶︎▶︎認知症ケアのお困りごとを精神科医がサポート!オンライン精神科医療養指導
▶︎▶︎「診療・処方箋発行」をオンラインで完結。皮膚科の診察を手軽に!