厚生労働省は11月14日に開催された第101回社会保障審議会介護保険部会で特別養護老人ホーム(以下特養)での特例入所について柔軟な運用を求めることを改めて周知する考えを示しました。今回はこの件を踏まえて、改めて「特例入所」の現状について改めて整理したいと思います。
介護給付費の増大を抑えたい国の意向が反映された「原則要介護3以上」
特養の入所対象者について、介護保険法が改正された2015年4月からは原則要介護3以上と規定されています。この法改正の背景には、改正以前は要介護1以上が対象となっており、受け皿が不足している都市部を中心に全国で入所待機者が50万人超にも上っていたことに加え、介護給付費の増大を抑えたい国の意向が反映されたと言われています。
もっともこれ以降も要介護1、2でも入所できる道がありました。これが今回話題とする「特例入所」です。特例入所は、要介護1、2でもやむを得ない事情で特養以外での生活が困難であると認められる場合に市町村の適切な関与の下で入所することが可能な仕組みです。改めてその勘案要件は、以下の4点です。
・認知症であることにより、日常生活に支障を来すような症状、行動や意思疎通の困難さが頻繁に見られ、在宅生活が困難な状態
・知的障害、精神障害等を伴い、日常生活に支障を来すような症状、行動や意思疎通の困難さ等が頻繁に見られ、在宅生活が困難な状態
・家族等による深刻な虐待が疑われる等により、心身の安全、安心の確保が困難な状態
・単身世帯である、同居家族が高齢又は病弱である等により、家族等による支援が期待できず、かつ、地域での介護サービスや生活支援の供給が十分に認められないことにより、在宅生活が困難な状態
実際の特例入所の実態ですが、2020年の介護給付等実態統計年次累計によると、特養入所者の4.5%となっています。介護保険創設直後の2001年時は要介護1、2の特養入所者は10.1%でしたので、割合だけに着目すれば半減した形です。
高齢者人口の減少や居宅サービスの供給量拡大で特養で空床が目立つ地域も
通常の要介護3以上の特養入居の場合、入所申し込み後は施設の入所判定委員会の合議で入所の可否が決定されますが、特例入所の場合、まず入所申し込み時点で理由など必要な情報の記載を求める決まりです。また、特例入所申し込みがあった場合、施設は市町村に報告と意見を求め、市町村も施設に対して適宜意見を表明できることになっています。さらに最終的な入所判定委員会の合議結果についても市町村に意見を求めるという縛りがついています。
2019年4月時点の特養への入所申し込み者は要介護3以上が29万2000人に対し、特例入所申し込み者は3万4000人。厚生労働省が前述の介護保険部会で示した最新の39都道府県での暫定値によると、この数字は要介護3以上が21万3000人、特例入所申し込み者は2万人。年々特養入居申し込み者自体が減少している状況です。これは居宅サービスの供給量拡大の影響と言われています。
地域によっては高齢者人口の減少のために空床が生じている場合があるにもかかわらず、要介護3以上という原則が厳格に適用され過ぎ、特例入所要件を満たしている事例でも入所が認められないケースがあるという指摘を受けた結果として行われたのが今回の厚生労働省による再周知です。
“通知原理主義”が招いた“厳格運用”の同調圧力
この「再周知」が行われた背景には、国と地方自治体の間ではよく起こりうる「通知行政」の齟齬があります。まず、国と地方自治体・民間の関係で言えば、ある種支配者、被支配者の関係があります。特に厚生労働行政のように取り締まり行政の領域では、地方自治体や民間は国の方針に“逆らう”ようなことはなるべく避けます。
今回のような通知などにより弾力運用を求めているケースでも、この行動原理が働きます。特に介護保険法改正で特養入所者を要介護3以上に限定したことの背景、とりわけ国が介護保険給付費を抑えたいという意向が頭にある以上、特例入所者をできる限り抑え得るという思考が地方自治体・施設運営者側双方に働きます。このため国が思っている以上に地方自治体や民間は抑制的な行動をします。今回の特例入所に関してより平たく説明すると、前述の勘案要件にぴったり合致するもの以外は一切認めないなどとなります。
この原理は実は今回の新型コロナウイルス感染症の1~2回目のワクチン接種での優先接種者の対象時期にも起こりました。ファイザー製ワクチンは接種前に生理食塩水による希釈が必要でしたが、希釈後の成分有効時間は最大6時間。ところがこの作業後に接種予定者がキャンセルなどをすると、余剰ワクチンとなり廃棄の危険性が出てきます。このため厚生労働省は、余剰ワクチンは事実上誰に打っても良いとの事務連絡通知を発出しました。しかし、自治体によっては余剰ワクチン接種者でもあくまで優先接種者から探すことにこだわったケースとその場ですぐに打てる人を探すケースに対応が分かれました。
“通知”の解釈や判断に困ったら、臆せず各地方の厚生局に相談を
こうした通知行政で判断に困る際はどうしたらよいか、ご存じでしょうか。簡単なことです。各地方の厚生局などに電話などで相談することです。もちろん地域や担当者によって対応は異なりますが、意外と真摯に対応してくれることが少なくありません。
今回の特例入所の件は、特に居宅介護のサービス供給が不足している地域では深刻な問題です。改めて柔軟な運用が求められるのは言うまでもないでしょう。
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