2023年末、総理官邸で第2回こども政策推進会議・第10回全世代型社会保障構築本部合同会議が開催され、「全世代型社会保障構築を目指す改革の道筋(改革工程)」が決定されました。今回はこの件について解説します。
まず、今回の全世代型社会保障構築本部会議がこども政策推進会議との合同会議だったことについて、「なぜ?」と思う方もいるかもしれません。端的に言えば、財源未確定のままぶち上げられた岸田文雄首相の目玉政策「こども未来戦略方針」との関連と思われます。実際、会議で岸田首相は「歳出改革については、本日決定した改革工程に沿って、全世代型の社会保障制度を構築する観点から、取り組むこととしています。これは少子化対策の財源確保のためだけではなく、社会保障を持続可能なものとするため、全ての世代が負担能力に応じて、公平に支え合う仕組みを構築するとの考えに基づくものです」と語っています。
そもそも以前は現役労働世代が手厚い高齢者の社会保障制度を支えるのが日本の社会保障制度の中核でしたが、これに対し全世代型社会保障制度は、国民全員が年齢に関わりなく、能力に応じて負担して支え合う、つまり負担と受益が全世代に行き渡る制度設計を指します。とりわけ岸田首相の「こども未来戦略方針」は、これまで負担が中心だった若年者世代に対する手厚い受益を目指すものです。その意味では財源確保のための歳出改革の中心が、これまで手厚かった医療・介護分野になるのは必然と言えます。
全世代型社会保障構築を目指す改革 全19ページ中11ページが医療・介護関連
実際、改革工程は「働き方に中立的な社会保障制度等の構築」「医療・介護制度等の改革」「『地域共生社会』の実現」の3領域に関して、今後取り組むべきことを明記していますが、全19ページの文書のうち、実に半分以上の11ページが医療・介護関連で占められているほどです。そこでこの部分を介護に特化して具体的に見ていきます。
まず、今回の内容は工程を示すものですから、いつまでに何をやるかを明記しています。この「いつ」に関しては、(1)「来年度( 2024 年度)」(2)「『加速化プラン』の実施が完了する 2028 年度まで」(3)「2040 年頃を見据えた中長期」の3つに分かれています。ちなみに「加速化プラン」とは、こども未来戦略方針に基づき、今後3年間で集中的に取り組む少子化対策を指します。
【2024年度中】高齢者の負担増、介護ロボット・ICT機器利用のさらなる促進
最も実現可能性の高い「来年度( 2024 年度)」中の施策について、最初に記述されているのが「介護保険制度改革(第1号保険料負担の在り方の見直し)」です。65歳以上が対象となる第1号保険料に関しては現在、市町村ごとに条例で決められた基準額に対して取得に応じて0.3~1.7倍(標準乗率)の9段階の標準段階が定められています。
改革工程では、これをさらに多段階化させ、高所得者の標準乗率引上げと低所得者の標準乗率引下げを行うとしています。この結果として低所得者の負担軽減分が高所得者の負担増加によって補われ、低所得者の負担軽減のために使われていた公費の一部が余剰になる可能性が生まれます。この分を介護従事者の処遇改善を始めとする介護に係る社会保障の充実に活用すると記載しています。現時点でこの多段階化がどうなるか全く白紙ですが、このような記述があるということは高所得者の標準乗率をかなり引き上げる可能性が高いと言えます。
ほか、介護の生産性・質の向上策として、従来から国の各審議会で繰り返し言われてきたロボット・ICT活用や経営の協働化・大規模化の推進を訴え、介護ロボット・ICT機器の先進的な取組を行っている介護付き有料老人ホームでの人員配置基準の特例的柔軟化を明言しています。これについては別に目新しいことではなく、昨年来、社会保障審議会介護給付費分科会で議論が進められてきたことで、1月15日の同分科会で具体的にこれまでの3:1基準を3:0.9に緩和することが決定されました。
さらに、令和6年度介護報酬改定を踏まえた処遇改善を着実に行いつつ、「サービスごとの経営状況の違いも踏まえたメリハリのある対応を行う」とも記述しています。これも介護報酬改定議論で大枠は触れられてきたことです。
【2028 年度まで】全国医療情報プラットフォーム、利用者自己負担の見直し など
「『加速化プラン』の実施が完了する 2028 年度まで」については(1)保健・医療・介護の情報を共有可能な「全国医療情報プラットフォーム」を構築(2)介護サービス事業者の経営情報データベースの2024年4月からの施行とそれ基づく職種別の給与総額などの継続的把握が可能な対応の検討(3)医療・介護の複合ニーズに備えた中長期的課題の整理と検討(4)介護サービスを必要とする利用者の長期入院の是正(5)ロボット・ICT活用、協働化・大規模化の推進などによる介護の生産性・質の向上(6)ケアマネジメントや軽度者への生活援助サービスなどに関する給付の在り方の検討(7)サービス付き高齢者向け住宅などで過剰な介護サービス提供の適正化策(8)福祉用具貸与のサービスの適正化策(9)利用者自己負担の見直し、が挙げられています。
この中でまず注目すべきは「ロボット・ICT活用、協働化・大規模化の推進などによる介護の生産性・質の向上」で、サービス質向上ととともに介護職員の負担軽減や事務の効率化を図るためのKPI設定を掲げています。また、2024年度中に実施されるICT化による介護付き有料老人ホームの人員配置基準緩和について、特別養護老人ホームなどでも実証事業でエビデンスが得られれば、2027年度の介護報酬改定を待たずに社会保障審議会介護給付費分科会の意見を聴取し、特例的な柔軟化を行う方向で検討を進めるとしています。さらに自立支援・重度化防止に資するサービス提供推進の観点から、介護報酬でのアウトカム評価の在り方も検討を行う計画です。この点に関しては、LIFEの一層の活用とも絡んでくることです。
「ケアマネジメントや軽度者への生活援助サービスなどに関する給付の在り方の検討」に関してはいずれも第10期介護保険事業計画期間の開始(2027年度)までに結論を出すとしています。
そして今後の最大の難題は「利用者自己負担の見直し」になると思われます。論点としては、▽多床室の室料負担▽利用者2割負担の範囲の見直し▽医療・介護保険での金融所得の勘案▽医療・介護保険での金融資産などの取り扱い▽医療・介護の3割負担(「現役並み所得」の適切な判断基準設定)を改革工程では取り上げています。
今回の令和6年度介護報酬改定の議論では賛否両論はあるものの、多床室負担については一部の介護老人保健施設と介護医療院で導入することがほぼ決定しました。一方で長らく議論されながら、事実上先送りされたのが2割負担範囲の見直しです。今回の改革工程では、この点について第 10 期介護保険事業計画期間の開始される2027 年度までに結論を得ると明記しました。
範囲見直しの対象としては、(1)直近の被保険者の所得分布を踏まえ、一定の負担上限額がなくとも負担増に対応できると考えられる所得の利用者(2)当分の間、一定の負担上限額を設けた上で(1)よりも広い範囲の利用者を2割負担対象としつつ、サービス利用への影響を分析の上で負担上限額の在り方を2028年度までに検討、の2つの素案が示されています。
そのうえで出てきたのが金融所得・資産の勘案です。定期的労働収入がなくとも、ある程度金融所得や資産があるならば、負担増に応じてもらおうという考え方です。これは直接対象とならない現役世代でもちょっと嫌な感じを覚えてしまうのではないでしょうか。ちなみに改革工程では金融資産などの把握手段として、「預貯金口座へのマイナンバー付番の状況等を踏まえつつ…」と記述しています。
一方、さらに負担増を求める「医療・介護の3割負担(現役並み所得)の適切な判断基準設定」も明記されています。これについては、2022年10月に施行された後期高齢者医療制度での窓口負担割合見直しの施行状況を勘案しながら医療保険で先行し、介護保険ではこれとの整合性を取る方向性で検討を行う見込みです。
【2040 年頃を見据えた中長期】高齢者数がピークに
そして「2040 年頃を見据えた中長期」の施策については、▽高齢者数がピークを迎える中で、必要なサービスが提供できる体制の実現に向けた検討▽科学的知見に基づき、標準的な支援の整理を含め、個人ごとに最適化された、質の高い医療・介護・障害福祉サービスの提供に向けた検討▽人材不足がより深刻化する中で、ロボット・ICTやAIなどの積極的な活用等を通じた、提供体制も含めた効率的・効果的なサービス提供の在り方の検討▽健康寿命の延伸による活力ある社会の実現に向けた検討健康寿命の延伸による活力ある社会の実現に向けた検討、という何ともざっくりとした4項目が挙げられています。
内閣官房 全世代型社会保障構築本部
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