ウクライナ危機に端を発した燃料費の高騰により、大手電力7社が申請していた6月からの電気料金値上げ実施が決定しました。値上げ率は各社ごとに異なりますが、15.3~39.7%と大幅な値上げになります。経費増を価格に転嫁できない医療・介護業界にとって、今回の電気料金値上げは相当なダメージになることが予想されます。にもかかわらず、今月中旬から時にエアコンが必要な暑さが続いています。5月17日には全国250地点以上で30℃を超える真夏日を記録。同日、岐阜県揖斐川町では5月として観測史上最高の35.1℃の猛暑日を記録しました。翌18日も各地で真夏日となり、東京都では5月中旬としては観測史上初の2日連続の真夏日となりました。電気料金の値上げと一足早い真夏日の到来が重なることで懸念されるのが高齢者の脱水とそれに伴う熱中症の増加です。
高齢者は脱水症状を起こしやすい
高齢者はもともと脱水症状を起こしやすく、かつ体温調節機能も若年者と比べ低下しています。このためまだ暑さに慣れていないこの時期の急激な気温上昇時に電気料金高騰を念頭に冷房使用を控えたりすると、脱水を契機に死に至る危険性が増加するので要注意です。
では高齢者はなぜ脱水を起こしやすいのでしょう?まず、高齢者は水分を含む体液量が若年者と比べ少なく、そもそもが「脱水」に近い傾向があります。これは体内で体液を貯める機能を有する筋肉の量が減っていることが大きな要因です。加えて高齢者では腎臓の機能が低下していることが多く、老廃物の排出時には多くの水分が必要になり、水分が失われやすくなっています。家計に例えて言えば、収入が低下しているにもかかわらず、支出は増えている状態です。
この家計の例えで収入に当たる水分量を増やすことも高齢者ではうまく行かなくなる傾向があります。ヒトの水分補給は食事と水分そのものの摂取によって行われますが、メインは食事の方です。ところが高齢になるほど食が細くなるため、水分摂取量は低下します。しかも喉の渇きを感じる口渇中枢の働きも加齢とともに低下し、体内の水分量が低下しても喉の渇きを感じることが周回遅れになりがちなのです。
これに誤嚥やトイレ回数の増加を怖れて本人や周囲が水分摂取を控えたり、基礎疾患の影響で利尿作用のある薬を服用しているなどの条件が重なると、さらに脱水の危険が高まります。また、認知症の高齢者では脳神経の機能が低下しているため、本人が脱水症状を自覚しにくくなっています。
こんな症状が出たら「脱水」のサインかも
脱水は本来予防が重要ですが、その初期症状にいち早く気づくことで重大な事態に至ることは防げます。もっとも前述のように高齢者本人は脱水を自覚しにくい状態にあるので、介護施設や訪問介護事業所の職員など周囲が常に注意を払うことが必要です。
脱水の初期症状はめまいやふらつき、さらに進行すると頭痛や吐き気などが起こりますが、そこに至る前に気づきたいものです。
脱水の可能性を簡単にチェックする方法としては、
(1)口の中や唇が乾燥している
(2)わきの下が乾いている
(3)腕の皮膚を持ち上げて放したときシワができたままになっている、などがあります。
もっとも(1)以外は介護職員や周囲がいきなりやると高齢者本人はギョッとするでしょう。そのためにも常日頃から高齢者は脱水を起こしやすく本人も周囲をそれに気づきにくいことなどを説明し、脱水が起きやすい夏などには(2)や(3)の方法で「時々、チェックしますからね」と高齢者本人に予め伝えておくなどの準備も必要です。
また、脱水時には水分だけでなく、体内の電解質(塩分)も失われるため、電解質異常に伴い脳神経の活動が異常をきたし、うわごとを言う、徘徊、幻聴・幻覚などの症状で知られるせん妄を起こしやすいのも特徴です。しかし、認知症の高齢者ではそもそも認知症の症状とせん妄が混同され、脱水に伴うせん妄が見逃されやすいという難しさもあります。認知症の高齢者では、通常よりも目に見える症状が多くなった時などは要注意と言えるでしょう。
さらに排尿状態をチェックできる場合は、尿の色で脱水状態を判断することも可能です。尿は一般にウロビリンという成分の影響で黄色味を帯びていますが、体内の水分量が多ければ多いほど排泄される尿量も多くなるため、この黄色が薄くなります。逆に言えば、この色が濃ければ濃いほど脱水状態にあることを示しています。健康な人でも起床後最初の尿の色は濃いことを実感しているでしょう。これは睡眠中の発汗で水分は失われているためです。茶色に近い場合はかなり危険です。
脱水症状を認めたら
では、高齢者が脱水状態にあると判断した場合はどうすべきでしょう?
多くの人が「まずは水分補給」と考えると思います。これは間違いではないのですが、実はそれだけでは足りません。特に脱水による下痢や嘔吐、大量発汗をしている場合は水分とともに電解質(塩分)も失われています。体内では水分と電解質の量が程よいバランス保つような調節機能が働いています。そのため、水分だけが多くなり、電解質濃度が低くなると、このバランスを保つために体は排尿を促します。しかも、その結果として水分だけでなく、体内に残る電解質も同時に排泄され、さらに脱水が深刻化してしまう恐れがあるのです。最近、テレビなどで暑い時期の熱中症対策として「水分だけでなく塩分もとって下さい」と呼びかけているのはこのためです。
脱水時の対策としては、経口補水液を摂取するのが最良と考えられています。経口補水液との表現はやや分かりにくいかもしれませんが、要は塩分も含んだ水と考えて下さい。ただ、それだけだと非常に飲みにくいので糖分も含まれています。現在では市中のドラッグストアでも購入可能です。介護施設や高齢者のいる家庭ではこうしたものをあらかじめ準備しておくことをお勧めします。なお、この経口補水液の代用品は自作も可能です。作り方は単純で水1リットルに塩3g(小さじ1/2杯)と砂糖40g4(大さじ4と1/2杯)を加えてよくかき混ぜるだけです。ただし、経口摂取が難しいなど重症の脱水の場合は医師などにより輸液(点滴)を行う必要があります。
こまめな水分摂取だけでなく、服用薬にも注意を
前述したように脱水はその症状にいち早く気づくよりも予防の方が肝心で、コストパフォーマンスにも優れています。予防のために重要なことはまず1日3食バランスの良い食事をとることです。例えば和食の定番であるみそ汁は水分と塩分が同時にとれる優れモノです。もっとも基礎疾患などにより塩分摂取量に気を付けなければならないことも少なくないので、その場合は減塩タイプのみそ汁を使い、具材は水分を多く含む野菜を多めに使って汁自体をやや少なめにすることで対応は可能です。嚥下障害のある高齢者では具材は小さめに刻むことはもちろん必要でしょう。
また、喉の渇きに関係なく定期的な水分摂取も重要です。ただ、実はこれは言うほど簡単ではありません。その意味では介護施設や高齢者がいる家庭では、ある時間に定期的にお茶の時間を設けるなど自然な形で水分摂取ができる習慣を組み込むことが第一です。地方では高齢者同士が集まって「漬物をつまみながら、お茶を飲む」という習慣がありますが、これは水分と塩分を同時に摂取できる合理的な習慣です。もっとも漬物による塩分の過多はよくありませんからほどほどが重要です。さらに、就寝や入浴、運動などの前後など明らかに水分を失いやすい生活シーンはそのことを高齢者にも説明し、その前後の水分摂取を習慣づけるよう周囲も注意を払いましょう。
さらに高齢者施設では、入所者の服用約の中に利尿作用がある高血圧薬やSGLT-2阻害薬のような糖尿病治療薬が含まれていないかなどを確認し、個々の入所者ごとの脱水症リスクをアセスメントしておくことも必要です。
【関連資料】
施設運営者が知っておくべき 特養の医療ニーズ 最新データ2023
【注目トピックス】
福祉・介護施設の水道光熱費 電気代がこの1年で最大1.42倍に
便利な抗菌薬の裏側に潜む「薬剤耐性菌による感染症」を防ぐためには