2024年は元日から能登半島北西部を震源とするマグニチュード7.4の大地震が発生し、波乱の幕開けとなりました。石川県が発表した1月10日午後2時現在の被害状況は輪島市、珠洲市を中心に死者206人(うち災害関連死8人)、行方不明者(知人・家族などから届け出があるもの)1人、安否不明者(届け出はないものの生死が不明な人)52人、全壊、半壊、一部損壊、床上・床下浸水を含めた住家被害は1825棟に上っています。まずは被害に遭われた皆様やその関係者にお見舞い申し上げます。
厚生労働省が発表した1月10日 16時現在までの高齢者(介護)施設の被災状況では、最大で石川県146施設、富山県21施設、新潟県20施設が被災したことが分かっています。このうち10日16時現在でも停電が石川県で17施設、富山県で1施設、断水が石川県で129施設、富山県で12施設で継続中です。
さて前回の介護報酬改定で2024年4月から全ての介護施設・事業所でのBCP策定が義務化されることは多くの方がご存じでしょう。そこで今回の能登半島地震の被災実態を踏まえ、今後のBCP策定あるいは改定の際の注意点を解説します。
被災した介護施設の多くで停電被害を
実は今回の能登半島地震は介護施設と医療機関で被災状況にやや差があります。まず同時点で医療機関では停電が継続中の施設は石川県、富山県とも皆無。断水は石川県で10施設、富山県で1施設が継続中です。
つまり同じ被災地域に存在しながら、医療機関では皆無な停電が介護施設では継続中なのです。この違いが生じる理由は実は明確、非常用電源設備(いわゆる自家発電機)の設置有無です。
非常用電源の設置については法令上の定めがあります。第1は消防法です。消防法では政令で定める防火対象物(建築物)には、政令で定める技術上の基準に従って、消防用設備等の設置が義務づけられています。これだけを読むとちょっとわかりにくいかもしれません。
簡単に言うと、「消防用設備等」には消火に必要な屋内消火栓設備、スプリンクラー設備などが含まれますが、これらの稼働には電源が必要です。しかし、常用電源と呼ばれる電力会社から供給される電気がストップすると大惨事になります。そのためこのような場合に備え、非常用電源設備の設置が義務づけられているのです。
非常用電源設備の設置が義務付けられている防火対象物(建築物)は、政令(消防法施行令)では医療機関はもちろんのこと、老人短期入所施設、養護老人ホーム、特別養護老人ホーム、軽費老人ホーム、有料老人ホーム、介護老人保健施設、認知症高齢者グループホームも指定されています。ちなみに同法ではこの設置・維持がされていない場合には自治体の消防長、消防署長が設置・維持を命令でき、それに反した場合は1年以下の懲役または100万円以下の罰金が科せられます。
第2が建築基準法です。同法では、一般の建築物よりも強い制限を課す「特殊建築物」という区分があり、該当する建物は耐火建築物または準耐火建築物にしなければならないことに加え、非常用エレベーター、排煙設備、非常用照明装置、非常用進入口の設置が義務付けられています。このうち排煙設備などは常用電源が使えない場合を想定して非常用電源の設置が求められています。特殊建築物は消防法の防火対象物とほぼ同じものが該当するため、多くの入所系高齢者施設が該当することになりますが、建物が3階未満あるいは床面積300平方メートル未満は対象外です。つまり一部の介護施設は該当しません。
もっともこのようにして見れば分かることですが、法令で義務付けられている非常用電源はあくまで防災設備を稼働させるためのものです。施設の機能維持とは性格が異なります。ただ、医療機関、特に病院の場合は入院患者への対応だけでなく、時には被災者の治療のため病院を稼働させなければなりません。このため実際には多くの病院では施設の機能維持も念頭に置いた非常用電源設備が設置されています。
半数の介護施設で「自家発電設備」無し
令和元年度老人保健事業推進費等補助金(老人保健健康増進等事業)「高齢者施設への非常用自家発電設備等の導入に関する調査研究事業報告書」にその実態が記されています。
この調査研究事業では、全国の特別養護老人ホーム、地域密着型特別養護老人ホーム、介護老人保健施設、介護医療院(介護療養型医療施設)、軽費老人ホーム、養護老人ホーム、認知症高齢者グループホーム、小規模多機能型居宅介護事業所、看護小規模多機能型居宅介護事業所の20%に当たる施設を無作為で抽出し、アンケートを送付して回答を得ています。回収率は25.2%と必ずしも高いものではありませが、ここから分かったのは常用自家発電設備を有する施設は4.7%、非常用自家発電設備を有する施設は41.4%である一方、いずれも保有しない施設が46.5%を占めていたという実態です。
病院のように停電で停止すると生命維持に影響を及ぼすような医療機器を使用していないためと思われますが、非常に心もとない現状です。こうした状況が前述のような能登半島地震での医療機関と介護施設の被災状況の差になったと考えられます。
介護施設は、停電に対しどのように対応すべきか
BCP策定の前提として、各施設が所在する地域の災害リスクを知ることが何よりも優先事項です。各都道府県が策定している防災計画には、その地域で想定されている各種災害とそれらが発生した時の被害想定などが記載してあります。まずは参照をお勧めします。
ただ、防災計画では、今回の能登半島地震のような複合災害を起こしやすい地震の被害想定は概要版しか掲載されていないことがほとんどです。地震の被害想定の詳細版では、建物被害、液状化被害、土砂崩れや路面被害の最大想定数、ライフライン回復までの想定期間などが得られますし、これが場合によっては市町村単位、あるいは市町村の地区単位まで記述されていることもあります。その意味では地震採択に関しては、防災計画と併せて地震被害想定詳細版に目を通しておくことが望ましいと言えるでしょう。これらを参照することで、自施設がどのような災害対策を優先すべきかがより明確になります。
BCPは災害時の事業継続計画ですから、介護施設が平時に行っている数多くのサービスの中でも、リソースが限定的な災害時にどのサービスを継続するかの優先順位をつける必要があります。
つまり「自施設が抱える災害リスク」×「継続するサービスの優先順位」で必然的にどのような災害対策が優先すべきかがより明確になります。もっとも今回のような停電、断水はどんなサービスを行う場合でも大きな支障になり得ます。
このうちまず停電対策について説明します。まず、現状での非常用電源設備の有無によっても対策は異なります。BCP策定の義務化を念頭に新たに非常用電源設備の導入を検討している施設もあると思います。この非常用電源にも以下のような種類があります。
一般非常用電源設備:非常用エレベーターや自動火災報知器など向け(起動時間約40秒)
特別非常用電源設備:輸液ポンプや心電計など向け(起動時間約10秒)
無停電非常用電源設備:人工心肺装置や人工呼吸器などの即座に人命に関わるもの向け
介護施設の場合、無停電非常用電源設備まで必要になることはまずないと思われます。ただ、介護医療院、介護老人保健施設など医療必要度の高い要介護高齢者が入所している施設などでは特別非常用電源設備までは必要になる可能性があります。これらは入所者の状況によって判断が必要です。
介護施設のうち定員30人以上の特別養護老人ホーム、介護老人保健施設、介護医療院、軽費老人ホーム、養護老人ホームでの非常用電源設備の導入に当たっては、厚生労働省の「地域介護・福祉空間整備等施設整備交付金」の対象となります。これは介護施設での非常用電源設備の工事費・工事請負費・工事事務費の半分を国、4分の1を都道府県が補助する制度で、都道府県への申請が必要になります。
ちなみに前述の交付金で非常用電源設備を導入する際には、(1)非常時専用設備で、設置時に施設に付帯する工事を伴う(2)電気・ガスなどのライフラインや物資などの供給が寸断された状況下でも発災後72時間以上の事業継続が可能となる(3)設置場所は津波や浸水などの水害や土砂災害などの影響を受けない場所にするよう努める(4)太陽光などの自然エネルギーを用いたものではない、の条件を満たす必要があります。
(4)についてはなぜこのような条件となっているかを説明します。まず、太陽光パネルを利用した自家発電設備は、非常時だけでなく平時の使用も可能です。あくまで交付金の対象は「非常時」のためのものであるため、平時に使えるものは除外されています。さらに太陽光パネルの場合、夜間は使用できず、天候によっても発電状況が左右されます。このようなことから介護施設での事業継続のための発電設備には不向きであるのが理由です。
結局、介護施設でスムーズに導入できる非常用発電機は、軽油・灯油・重油を燃料に用いるものとなります。つまりは非常用に用いるためには同時にこれら燃料の備蓄が必要です。しかも、屋内の冷暗所に密閉保管をしても軽油・灯油は約6ヵ月、重油は約3ヵ月が劣化の心配がなく安全に使える期間です。この期間を超えた場合は新しい燃料との混合などにより安全に使えることもありますが、その点については購入業者などに確認が必要です。
ちなみにこうした燃料を備蓄するタンクの設置については、経済産業省による「災害時に備えた社会的重要インフラへの自衛的な燃料備蓄の推進事業費補助金」という制度があり、介護施設も活用できます。これを活用するとタンクの購入費と工事費の2分の1(中小事業者の場合は3分の2)が補助金として支給されます。
実際に非常用電源設備を設置した、あるいは既に設置している場合は、予め稼働方法を確認しておくとともに、そのカバー時間・範囲を確認し、実際にこれを使用する設備を決めた上で優先順位をつけておきます。
もし喀痰吸引、人工呼吸器などを有している場合、これらが優先順位の最上位となるでしょう。また、外部からの情報取得や通信に使うパソコン、テレビ、インターネット関連なども外せません。これらの次の優先順位としては冷蔵庫・冷凍庫、 照明器具、冷暖房器具などになりますが、この点は季節や施設の立地によっても異なるでしょう。施設ごとにこうした環境を念頭に置いたBCP策定が必要になることは言うまでもありません。
一方、現状で非常用電源設備がない、あるいは設置が難しい施設では、乾電池や手動で稼働する代替品の準備やそれによる業務の方策を検討する必要が出てきます。最悪の場合は職員などが有する自動車のバッテリーや電気自動車の電源を活用する方法も必要となるでしょう。
いずれにせよこれらを平時に立案し、机上だけでなく、操作の訓練などもしておかねばなりません。
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