特別養護老人ホーム(特養)を始めとした介護施設における生産性の向上が、今特に重要視されています。
それは日本の人口減少と介護業界の人手不足に起因しています。
人口の減少により介護労働者の確保が難しくなる中、有限なリソースを最大限に活用し、質の高い介護サービスを提供するためには生産性の向上が不可欠とされています。
特養などの施設ではムリ・ムダ・ムラの3Mを廃し、職場環境の整備や業務の効率化、ICTの活用などを通じて効率的なサービス提供を目指すことが重要です。
この記事では、特養を始めとした介護施設における生産性向上の重要性と、その背景や具体的な取り組み方について詳しく解説します。
特養での生産性向上への取り組み事例を先に読みたい人はこちら>>
特別養護老人ホームで生産性向上が求められる背景
特別養護老人ホーム(特養)で生産性向上が求められる背景には、日本の人口減少と介護業界の人手不足があります。
少子高齢化による人口減少に伴い18歳~65歳の生産年齢人口の減少が続き、2040年にかけてその傾向が一段と拡大することが予測されています。
介護業界はもちろん、すべての業界で人手不足が懸念される中、特養のような介護施設では限られた人材を有効に活用し、高齢者への質の高い介護サービスを提供するために、生産性の向上が不可欠とされています。
2040年に向けて加速する人口減少と介護人材不足についてもっと詳しく知りたい人はこちら>>
◆関連記事
特養の生産性向上に向けた厚生労働省の支援策
厚生労働省は介護業界の生産性向上に向け、「介護分野における生産性向上ポータルサイト」を通じて無料で情報提供を行っており、介護事業者が生産性向上に取り組む際の指針やノウハウを提供しています。
ノウハウの内容は、介護サービスの質の維持・向上を実現するためのマネジメントモデルの構築や、ロボット・センサー・ICTの活用、介護業界のイメージ改善と人材確保など、様々な側面にわたります。
介護業界の生産性向上の定義と目的
介護業界の生産性向上の定義
厚生労働省が示す介護業界における生産性向上とは、単に従業員や労働時間あたりの付加価値を高めることではなく、介護の価値を高めることと定義しています。
本ガイドラインでは、「一人でも多くの利用者に質の高いケアを届ける」という介護現場の価値を重視し、介護サービスの生産性向上を「介護の価値を高めること」と定義しています。
厚生労働省「介護の生産性」
生産性が改善されることで生まれた人・時間のリソースによって、人材育成やチームケアの質の向上、情報共有の効率化を実現し、持続可能な介護サービスの提供を目指しています。
特養など介護事業所で生産性向上をする目的
介護業界全体での生産性向上の目的は、「介護サービスの質の向上」と「人材の定着と確保」です。
また業界全体の目的とは別に、特養をはじめとした介護事業所ベースでの生産性向上の目的は次のものが挙げられます。
- 専門性を高めること
高齢者の増加に伴い、介護サービスはより専門性を要するものとなっています。
生産性向上によって得られたリソースにより、職員のスキルアップのための時間が取れるようになります。 - 働くモチベーションの向上
ムダやムリな業務をなくすことで、職員のモチベーションが向上・維持されます。 - 仕事の価値の認識
業務の重要性や価値が明確になり、職員が介護の仕事に対して誇りややりがいを持ちやすくなります。 - 仕事の負担の軽減
効率的な業務プロセスや適切な業務配分により、職員の負担が軽減され、働きやすい環境が整います。 - チーム意識を高める
チームケアに関わる業務改善を通じて、従業員間での負担の偏りを是正、マネジメント強化などを行う。
特別養護老人ホームにおける生産性向上の重要性
特別養護老人ホーム(特養)は高齢者が安心して生活する住居型施設で、個別の居室や24時間の介護サービスを提供するサービスです。医療サポートやレクリエーションも充実し、安全で快適な環境で高齢者の自立支援と生活の質の向上を促進します。
その特養も、ほかの介護施設と変わらず生産性を高める業務改革が必要です。
今後人口の高齢化は加速し、生産年齢人口が減少する中、特養は限られた人材を有効に活用し、利用者個々のニーズに合わせたケアが求められます。
さらに、福祉医療機構が実施した2021年度の特養の経営状況調査によると、赤字施設の割合が調査前年度と比較して拡大していることがわかりました。
これは人件費率の上昇や、水道光熱費の増加などが収益を上回った結果です。
参考:特養の赤字割合 前年度よりも拡大 背景に人件費増~2021年度 特養経営状況調査
特養は限られたリソースを最適化し、質の高い介護サービスの提供に取り組むことが期待されています。
また2024年度の介護報酬改定でも、特養の生産性の向上が重視されています。
◆関連記事
特養ほか介護施設での生産性向上の手段
特養など介護施設での生産性向上には様々な手段があります。
どのような手段があるのか、ここでは厚生労働省が示したものを紹介します。
自身の職場でどういった手段を取るのか参考にしてみてください。
職場環境の整備
5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)のアプローチを取り入れ、安全で働きやすい介護環境を整えます。
5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)とは職場環境の改善手法で、整理では必要なものを見極め、整頓では三定(定置・定品・定量)と、探す手間を省くための手元化を意識します。清掃ではすぐに使えるように点検し、清潔では整理・整頓・清掃(3S)を保ち、躾では決められたことを守る習慣を身につけます。
具体的には次のステップで進めます。
- 5Sの考え方や意味を理解する
- 要改善項目を洗い出してリスト化
- 誰がいつまでに何をするかを決定
- 要らないものを廃棄し、機能や見映えを考えながら配置
- 定期的な点検やルールの導入
こうした取り組みにより、職場の環境整備が効果的に行われるようになります。
業務の明確化と役割分担
業務上のムリ・ムダ・ムラ(3M)を排除し、業務の効率を改善します。
具体的にはマスターライン(業務全体を時間の流れに沿って整理し、各業務のスタートと終わりを区切ったもの)を活用し、現状の業務内容を時間の単位で見える化して3Mを発見します。
具体的には次のステップで進めます。
- 時間の流れに沿って業務を見える化する
- 3M(ムリ・ムダ・ムラ)を見つける
- 役割分担やマスターラインの見直しを行う
- 業務の手順を整理・見直しを行う
参考:厚生労働省「業務改善に向けた取組 業務の明確化と役割分担」
手順書の作成
施設の理念やビジョンを明文化した業務の手順書を作成することで、職員の価値観を共通のものにし、均質な介護サービスを提供できます。
具体的には次のステップで進めます。
- 現状の業務手順の洗い出し
- 3Mを発見する
- 業務手順を明文化する
- 画像や図を使ってわかりやすい手順書にする
単なる業務マニュアルにするのではなく、職員同士の共通認識の構築や熟練度を向上させるツールと位置づけることがポイントです。
記録・報告様式の工夫
現場で使用されている帳票など、記録・報告方法の見直しや、記録項目が最適かどうか、レイアウトはわかりやすいかなどをチェックし、職員が必要な情報を読み解きやすくすることを目指します。
具体的には次のステップで進めます。
- 帳票・項目が本当に必要か、重複などがないか見直す
- 新しい帳票を作成する
- 記入方法を決める
- 一週間ほど新しい帳票を運用し、感想や改善案を出し合う
参考:厚生労働省「業務改善に向けた取組 記録・報告様式の工夫」
情報共有の工夫
情報共有の工夫では、ICTを活用し、一斉同時報告により申し送りの効率化や転記作業の削減を行い、情報共有のタイムラグや業務不可の軽減を目指します。
具体的には次のステップで進めます。
- どのような情報を、誰に、いつ共有(報告)すべきか整理する
- 情報を使う目的を明確にする
- 情報をいつ・誰が・どこで・どのようなものを収集するのかルールを決める
- 収集した情報をいつ・誰に共有するのかルールを決める
タブレットやインカムなどICT機器を取り入れることで、さらに効率化が進められないか検討するのも良いでしょう。
OJTの仕組みづくり
職員の専門性を高め、リーダーになる人材を育成するOJT(On-the-Job Training)の仕組み作りには、育成の目標、教えるべき内容と手順を明確にし、一貫性を保つことが重要です。
具体的には次のステップで進めます。
- 目標・教える内容・手順を明確にする
- 職員を公平に評価しフィードバックする仕組み・ルールを作る
- 教える側の職員の研修を行い、教える技術を高める
参考:厚生労働省「業務改善に向けた取組 OJTの仕組みづくり」
理念・行動指針の徹底
施設の理念やビジョン、行動指針に沿って自律的な行動がとれる職員を育成するには、組織内で理念がどれだけ浸透しているかを確認・職員間で共有する仕組みづくりが必要です。
具体的には次のステップで進めます。
- 職員との対話を通じ、組織の理念や行動指針が浸透しているか確認する
- 理念や行動指針を、実際の業務に落とし込む
- 理念自体が時代や制度に即しているか確認する
- 理念や行動指針を浸透させる仕組みや習慣を作る
これらの取り組みをPDCAサイクルを回しながら実践していくことで、生産性を高め質の良い介護サービスを提供する体制が築かれていきます。
参考:厚生労働省「業務改善に向けた取組 理念・行動指針の徹底」
特養ほか介護施設での生産性向上の取り組み手順
特養で生産性向上のための業務改善を行う場合、どんな手段・施策でも共通で使える手順を紹介します。
- 1.改善活動の準備
改善活動の準備段階では、まずプロジェクトチームを編成し、主導するプロジェクトリーダーを選出します。
その後、施設の管理者(経営層)は、事業所内で同プロジェクトが走り出すことを宣言し、職員全体への理解と協力を求めます。
- 2.課題の可視化
組織内でどういった課題があるのか洗い出し、可視化します。
改善すべき業務に携わっている人数や時間など、できるだけ定量的に判断できるように情報を出します。
- 3.実行計画を策定する
プロジェクトチームで優先的に取り組む課題を決めます。
その後、課題解決に向け実施する内容と、職員の具体的な役割を決定し、3ヶ月程度の進捗管理シートでスケジュールを定めます。
- 4.改善活動の実施
完璧な計画を立てることは重視せず、粗があってもまずは取り組んでみます。
小さな成功体験を積み上げていき、試行錯誤を繰り返すことが大切です。
- 5.振り返りと検証
実行している取り組みの途中経過を確認します。
そこで目標達成に向けて必要な軌道修正を行います。
- 6.取り組みの再評価し練り直す
業務改善で実行した施策の成果と課題点を分析します。
課題や事業所の規模に合わせた期間(半年~1年)でPDCAサイクルを回し、取り組みが持続的に改善されるようにします。
これらのステップを継続的に実施することで、施設内の生産性が向上していきます。
特養の生産性向上への取り組み事例
特別養護老人ホーム万寿の家
特別養護老人ホーム万寿の家では、ノーリフティングケア(介助時に対象者を持ち上げたりベッド上で引きずらない介護手法)の普及と介護ロボットの導入によって、腰痛などの身体の不調による離職者を増やさないための取り組みを行いました。
従来型からユニット型への新設・移転を機に、施設全体を取り組みに適したレイアウトに変更しました。さらに兵庫県社会福祉事業団が運営する組織と連携し、排泄支援ロボットや多様な介護ロボットの導入を実現しました。
科学的な検証の結果、介護職員の腰・大腿部にかかる負担が7割前後減少したことがわかりました。
特別養護老人ホーム美立の杜
特別養護老人ホーム美立の杜(他8施設)が参加した取り組みでは、着任すぐの外国人介護職員が日本語理解に課題を抱え、また日本での生活や学習に苦労している状況から、携帯翻訳機を導入してその効果を検証しました。
導入により、来日後数か月の日本語が上達していく段階でのコミュニケーションが向上したり、学習の効率性が高まりました。
一方で、介護記録の作成においては携帯翻訳機の精度が十分でないことがわかりました。
参考:厚生労働省 介護分野における生産性向上ポータルサイト 取組事例紹介
まとめ
特別養護老人ホームや介護施設における生産性向上は、人口減少と介護人手不足への対応が求められる中で重要です。
限られたリソースを活用し、高齢者への質の高い介護を提供するためには、効率的な業務プロセスや職場環境の整備が不可欠です。
この記事で紹介した様々な切り口から効率化できる部分がないか検討し、PDCAサイクルを回しながら生産性の高い介護施設を目指していきましょう。