2021年の介護報酬改定で、介護サービス事業者に対し、介護に直接携わる職員の中で無資格者について認知症の基礎研修を受講させることを義務付けました。もっともこれは3年間の経過措置が設けられており、完全実施は2024年4月からとなります。今回はこの件について解説したいと思います。
日本国内の認知症患者はどれほどいるのかご存じでしょうか。首相官邸に設けられた「認知症施策推進のための有識者会議」で2019年3月に公表された推計値によると、2012年時点の各年齢層の認知症有病率のままで推移したと仮定した場合、2025年時点の国内認知症患者は675万人。認知症発症のリスクファクターの一つである糖尿病の有病率などが上がり、認知症の有病率もそれに引きずられて上昇すると仮定した場合は730万人と推計されています。ちなみにこの中には若年の認知症は含まれていません。2025年の65歳以上の高齢者数推計は3657万人。大まかにいって高齢者の5~6人に1人が認知症患者という計算になります。
介護に直接携わる職員の中で無資格者について認知症の基礎研修を受講させる背景には、認知症患者の増加と同時に人手不足が恒常化している介護現場において、無資格者が増加し、介護スキルが標準化されていないという実態があります。つまり国としては質の高い高齢者介護を実現するために、認知症対策は避けて通れないわけです。
認知症介護基礎研修では何をするのか
研修はすでに「認知症介護基礎研修」として始まっていますが、実施自治体や組織によって受講形式や料金などはやや異なっています。もっともeラーニング方式、受講料3000円程度、受講時間が約6時間というのが主流のようです。
この研修でのカリキュラムは概ね以下の通りです。
<講義>
1.認知症の人を取り巻く現状
2.認知症の人を理解するために必要な基礎的知識
3.具体的なケアを提供する時の判断基準となる考え方
4.認知症ケアの基礎的技術に関する知識
<演習>
1.認知症の人との基本的なコミュニケーションの方法
2.不適切なケアの理解と回避方法
3.病態・症状等を理解したケアの選択
4.行動・心理症状(BPSD)を理解したケアの選択と工夫
5.自事業所の状況や自身のこれまでのケアの振り返り
研修内容は、認知症とそのケアに関する基礎知識となります。主流がeラーニングですが、それゆえに実際の研修ではイラストなどを多用しながら具体的な事例を通じて認知症分類などを説明するなど、通常の座学と比べ、受講者に理解しやすく、かつ知識が定着しやすい形式となっています。また、最近増加している外国人介護職員を意識し、eラーニングではより平易にした日本語での講座、さらには英語、ベトナム語、インドネシア語、中国語、ビルマ(ミャンマー)語などでの講座も開設されています。
もっともこのカリキュラムを見ればわかる通り、これだけで認知症介護が円滑に行えるというものではありません。認知症の場合、認知機能の低下に伴って起こる行動・心理症状などが千差万別で、多くは認知機能が正常だった頃の患者本人の社会・生活状況が強く反映されています。一部の介護関係者の間では「認知症高齢者のケアは謎解きの連続」と言われるほどです。
介護者で多い「認知症=アルツハイマー病」という誤った認識
認知症に関しては、認知症そのものを一括りにする、あるいは認知症=アルツハイマー病という単純化した医学知識での理解が介護者の間では目立ちます。これは質の高い介護を考えた上ではあまり適切とは言えません。そもそも認知症はあくまで認知機能が低下した結果として起こる行動・心理症状の総称に過ぎず、原因疾患はざっと上げるだけでもアルツハイマー病、前頭側頭葉変性症、レビー小体病、血管性疾患、外傷性脳損傷、物質・医薬品の使用、HIV感染、プリオン病,パーキンソン病、ハンチントン病などがあります。それぞれの原因疾患により、症状の出方はもちろん、治療も治療の結果として得られる効果も異なりますし、そ副作用も多様です。特に副作用は介護そのものに影響することがしばしばあります。
また、認知症の周辺症状(BPSD)では抗精神病薬が使われることがありますが、抗精神病薬は多種多様な薬があり、それに伴う副作用としてのふらつき、その結果として介護現場で最も避けたい転倒リスクもやや異なります。
過去およそ10年間、アルツハイマー病では新薬が登場しませんでしたが、ここにきて新たな抗アミロイドベータ抗体のレカネマブが新たな治療薬として承認される可能性が見えてきています。その意味ではこれを機に無資格者だけでなく、既存の有資格者でも認知症のとりわけ医学的知識を強化する必要があるでしょうし、認知症以外についても介護職員が医学的知識を習得する必要性は今後さらに高まっていくことでしょう。
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