次期介護報酬改定を見据えて、秋以降、様々な動きが本格化しますが、その1つが新たな「介護保険事業支援計画の基本指針」です。7月10日に開催された社会保障審議会介護保険部会では「第9期介護保険事業支援計画の基本指針」策定のポイント案が示されました。今回はこれについて解説します。
介護保険事業支援計画の基本指針とは
まず、「介護保険事業支援計画の基本指針」とは何かについて簡単に触れておきます。介護保険の保険者となっている市町村は、地域内の被保険者や要介護者の実態を把握し、適切なサービスの種類や必要量の確保が求められています。その際、策定するのが「介護保険事業計画」です。この策定にあたって、国が示す留意事項が基本指針です。基本指針は介護保険法第116条第1項に基づき厚生労働大臣が定めます。
もっとも一度作ったら終わりではなく、諸般の情勢変化を踏まえる必要があり、3年に1度の介護報酬の度に新たな基本指針が策定されます。現在の2021~2024年度は第8期の基本指針で、2025年度から第9期となります。前述の内容からもわかる通り、基本指針の目的は介護報酬に基づく市町村の円滑な保険給付(現物給付)実施の道しるべを提示するものです。より平たく言えば、あくまで次期介護報酬改定後の給付のあり方に定めたものですが、介護報酬改定議論と同時並行で策定されるため、基本指針策定議論は介護報酬改定議論と連動しています。その意味では介護報酬改定直前は両議論を両睨みすることで、国がどのような考えで介護報酬改定を目指してくるかの一端をうかがい知ることができます。
「第9期介護保険事業計画」ポイントは
さて今回のポイントですが、最初に示されている「基本的な考え方」で、今後深刻化する少子高齢化に加えて、高齢化の地域格差を重視していることがわかります。その点について全文引用します。
都市部と地方で高齢化の進みが大きく異なるなど、これまで以上に中長期的な地域の人口動態や介護ニーズの見込み等を踏まえて介護サービス基盤を整備するとともに、地域の実情に応じて地域包括ケアシステムの深化・推進や介護人材の確保、介護現場の生産性の向上を図るための具体的な施策や目標を優先順位を検討した上で、介護保険事業(支援)計画に定めることが重要となる
これをより具体化した「見直しのポイント(案)」は、(1)介護サービス基盤の計画的な整備(2)地域包括ケアシステムの深化・推進に向けた取組(3)地域包括ケアシステムを支える介護人材確保及び介護現場の生産性向上、の3項目となっています。
介護サービス基盤の計画的な整備
「基本的な考え方」をよりかみ砕いた記述ですが、ここでは地域での介護サービス基盤の確保に当たって「施設・サービス種別の変更など既存施設・事業所のあり方も含め検討し」と強調されています。また、中長期的なサービス需要の見込みを踏まえたサービス基盤の在り方について、事業者を含めて地域でさらに議論することを求めています。
これらをより深読みすれば、これまで社会保障審議会や財務省財政制度審議会で繰り返し強調されている介護事業者の協働化・大規模化(再編)の推進が念頭にあるとも解釈できます。また、ここでは医療・介護の両ニーズを有する高齢者の増加を念頭に、医療・介護の効率的確保と連携強化の重要性を謳っています。ここからは基本報酬を減らしながら、要介護度が高い高齢者に対する加算などを新設・増額している昨今の介護報酬の流れをより推進していくことをうかがわせています。
さらに、在宅サービスの充実として、「定期巡回・随時対応型訪問介護看護、小規模多機能型居宅介護、看護小規模多機能型居宅介護など地域密着型サービスの更なる普及」「複合的な在宅サービスの整備を推進することが重要」「訪問リハビリテーション等や介護老人保健施設による在宅療養支援の充実」が挙げられています。基本的な考え方を踏まえた、地域特性の違いをより重視していくということです。
地域包括ケアシステムの深化・推進に向けた取組
地域包括ケアシステムを通じた地域共生社会の実現、介護保険の枠組みを超えた地域住民同士の相互理解の推進を訴えており、その中では正しい知識の普及啓発を通じて、認知症に対する社会の理解を深めることも謳っています。実はここの中にはさらりと「総合事業の充実を推進」との記述があり、従来から議論されている要支援対象者の総合事業への移管を強く意識していることが分かります。また、介護事業所間、医療・介護間での連携を円滑に進めるためのデジタル技術活用による医療・介護情報基盤を整備や保険者による給付適正化事業の推進も掲げています。
地域包括ケアシステムを支える介護人材確保及び介護現場の生産性向上
「処遇の改善、人材育成への支援、職場環境の改善による離職防止、外国人材の受入環境整備などの取組を総合的に実施」「都道府県主導の下で生産性向上に資する様々な支援・施策を総合的に推進。介護の経営の協働化・大規模化により、人材や資源を有効に活用」「介護サービス事業者の財務状況等の見える化を推進」と記述されています。
これらは毎度お馴染みの内容に思えるかもしれません。ただここには国の強い意志があることを認識しておく必要があります。医療・介護にかかわる実質的な議論は財政面では財務省財政制度審議会、より具体的な施策は厚生労働省社会保障審議会で行われます。財政制度審議会はあくまで財源面からの議論で、「敢えてボールを遠くに投げる」のが常です。このため現実には財政制度審議会の提言は、社会保障審議会でかなり“骨抜き”にされます。
しかし、介護経営の協働化・大規模化、介護サービス事業者の財務状況等の見える化については両審議会とも全く同じように言及しています。また、「介護サービス基盤の計画的な整備」の項でもこれを意識したと思える記述が行われています。つまりこの点では国は確固たる推進姿勢なのです。財務状況の公開を機に、国は大規模化をありとあらゆる手を使って推進してくると考えられます。財務状況公開後に経営指標が平均値を下回っている事業者は、安穏と構えてはいられないことは改めて強調しておきます。
これまでの「第8期」からどう変わる?
なお、今回の見直しのポイント(案)を踏まえ、第8期の基本方針からより細かな見直し案も示されていますが、最後にその中でも特別養護老人ホームに関して記述がある部分について触れておきます。具体的な記述としては2か所で「医療ニーズの適切な対応」と「特例入所も含め、地域の実情を踏まえた適切な運用を図ること」の重要性を追記するという案を示しています。前者についてより踏み込んで解釈するならば、前述した要介護度が高い高齢者に対する加算、例えば看取り対応などの強化を念頭に置いていると読み解けます。後者については特養の収益が利用率次第という現状では追い風となるでしょう。
厚生労働省 老健局「第9期介護保険事業(支援)計画の基本指針(大臣告示)のポイント(案)」
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