
アルツハイマー型やレビー小体型などの主要な認知症の他に、それら以外病気が原因の認知症も存在します。その一部は適切な治療を行えば、症状が改善、中には治癒するものもあります。以下ではこうした事例を紹介します。

クロイツフェルト・ヤコブ病
たんぱく質・プリオンが変形して異常化し、これが脳に蓄積することで起こる病気です。異常化したプリオンは感染性を持つことが知られていますが、この病気と診断された患者の多くは「孤発性」と呼ばれる感染経路なども分からない原因不明の事例で、患者発生頻度は人口100万人当たり1人と報告され、極めてまれです。
過去には異常化したプリオンに汚染された肝臓硬膜や角膜、下垂体ホルモンを使用した医療行為で発症したこの病気を発症した事例があります。
日本でも亡くなった人から採取された硬膜を製品化した乾燥硬膜が海外から輸入され脳外科手術が行われていましたが、これによる感染の疑いが濃厚で発症した事例がこれまで100人以上報告されています。なお、こうした乾燥硬膜は1997年に使用禁止になっています。
また、海外ではプリオンに感染し、牛海綿状脳症(通称・狂牛病、BSE)を発症した牛の肉を食べたことが原因で発症した事例も報告されています。日本では2001年に初めて国内の家畜牛からBSEが確認されました。2003年末には牛肉の多くを輸入しているアメリカでBSEの疑いのある牛が発見されたため、2004年から約2年半にわたってアメリカからの牛肉輸入が停止しました。この結果、牛丼チェーンから牛丼が消えて豚丼になったことは記憶している人も多いと思われます。
この病気の初期症状は記憶障害と錯乱で、アルツハイマー型認知症に症状がよく似ていると言われています。また、突然、意図せずに筋肉がビクッと動く「ミオクローヌス」の症状が現れることも特徴で、次第に歩くことも困難になります。
認知機能の低下も含め、症状は急速に進行し、現在この病気に対する治療法はほぼありません。このため発症した人のほとんどが2年以内に死に至ります。
正常圧水頭症
頭蓋骨の内側は、脳内の脳室と呼ばれる空間で作られた脳脊髄液という水分で満たされ、ヒトの脳は脳脊髄液の中に浮いた形で存在します。脳脊髄液は最終的に古いものが吸収される一方で新たな脳脊髄液が産生される形で循環しています。この循環が障害され、余剰な脳脊髄液で脳室が満たされて徐々に拡大した結果、脳組織を圧迫されて脳機能障害を起こす病気が正常圧水頭症です。
この病気になると物忘れがひどくなるなどの認知機能障害が起こりますが、さらに歩行障害、尿失禁なども出現します。治療としては余剰な脳脊髄液を排出する手術を行うことで症状の改善が見込めます。
甲状腺機能低下症
神経伝達物質のセロトニン、ノルアドレナリン、アドレナリンなどの作用を調節する甲状腺ホルモンの分泌低下や機能低下により、記憶力低下や判断・応答の遅れなど認知機能低下の症状が発現することがあります。この症状は一過性で、適切なホルモン補充療法を行うことで改善します。
ウェルニッケ・コルサコフ症候群
飢餓や偏食、アルコールの大量摂取などにより体内のビタミンB1が欠乏した結果、無気力、無関心などの認知機能障害類似の症状や歩行時のふらつき、眼球運動障害などが起こる病気がウェルニッケ脳症です。このウェルニッケ脳症が進行すると、最近の出来事を記憶できない記憶障害や時間や場所など自分が置かれている状況がわからない見当識障害、作話など認知機能低下が顕著なコルサコフ症候群に移行します。
ちなみに作話とは、端的に言えばウソをつくことを意味しますが、実際には自分がしたことが記憶にないため、「していない」と強弁したり、誤った記憶などをつなぎ合わせて話を創作するなど、いずれも悪意はなく無意識で行われています。よく認知症の症状として語られる、食事をしたのに「ご飯を食べていない」と言い張るのが作話の代表例です。
現時点ではウェルニッケ脳症は欠乏するビタミンB1の大量静脈注射や豚肉、ブロッコリーなどビタミンB1を多く含む食事の改善、アルコール依存症が原因の場合は断酒などで改善が可能です。しかし、より進行したコルサコフ症候群に対して有効な治療法はないため、ウェルニッケ脳症の早期発見・早期治療が何よりも重要となります。
慢性硬膜下血腫
頭部へのケガなどが原因で、頭蓋骨の内側にある脳と脳の一番外側を取り巻く硬膜の間に血液がたまった(血種)結果、脳を圧迫しさまざまな症状が出るのが「慢性硬膜下血腫」です。病気の発症頻度は人口10万人あたり年間1~2人程度とされ、高齢者に多いのが特徴です。原因となるケガは「ドアにちょっと頭をぶつけた」程度のものもあり、加えて実際に症状が出るのはケガから数週間から数か月後が一般的です。
症状としては頭痛のほか、物忘れや意欲低下、性格変化など認知症に似た症状が認められます。これ以外には片方の手足に力が入らないなどの症状もあります。
本人も忘れてしまうようなささいなきっかけが原因となり、かつかなり期間を経てから症状が出るため、本人の家族も原因に気づきにくいのがこの病気の特徴の1つと言えます。それに加え高齢者に多いことからアルツハイマー型認知症などと誤解されやすい傾向があります。
治療については手術で血腫を除去することが一般的で、これにより認知機能障害も改善する事例がほとんどです。
アルコール性認知症
長期にわたる大量のアルコール摂取により、脳が萎縮し、認知機能が低下する病気です。前述のウェルニッケ・コルサコフ症候群もアルコールの大量摂取が原因で認知機能の低下を起こすため、一部では同一の病気との説もあります。
現状ではウェルニッケ・コルサコフ症候群の診断基準には該当せず、その他のさまざまな検査を行ってもアルコールの大量摂取以外に認知機能の低下原因が見当たらない場合アルコール性認知症と診断されます。
治療は何よりも断酒です。長期的な認知機能の低下は改善しますが、脳委縮そのものは元に戻らないとされています。
以上の6つのタイプの認知症は、クロイツフェルト・ヤコブ病とコルサコフ症候群以外は治療の手段があり、それにより改善が見込めます。このためこれらは「治る認知症」と呼ばれることもあります。