2021年度の介護報酬改定の目玉の1つに「科学的介護推進体制加算」の新設がありました。同加算は、介護保険サービス事業所が「科学的介護情報システム(LIFE)」を通じて利用者の情報を厚生労働省に提出し、そのデータに応じてフィードバックを得て、現場での介護計画を最適化するという取り組みを評価するものです。しかしながら、LIFE活用はケアでのエビデンス確立を目指した長期的視野に基づく試みで、現段階ではケアの質そのものを評価する手段として使えるものではありません。では、そもそもケアの質とは何でしょうか、またそれは評価が可能なのでしょうか。
介護の質=ケアの結果もたらされた利用者の生活満足度
SOMPOグループのシンクタンクであるSOMPOインスティチゥート・プラスから先ごろ「介護サービスの質をめぐる現状分析」とのレポートが公表されました。今回はこれをもとに解説したいと思います。
同レポートでは介護サービスの質を考えるにあたって、介護保険法の目的が「自立した日常生活を送ることができるようになる(自立支援)」ことであり、自立支援については厚生省高齢者介護対策本部報告書に基づき「高齢者が自らの意思に基づき、自立した質の高い生活を送ることができるような支援」としています。また、世界保健機関(WHO)が長期ケアの目的を「基本的な人間の権利、自由、および尊厳に合致した生活を送ることができること」としていることも踏まえ、介護(ケア)サービスの質を「サービス利用者の自立支援に対する貢献度」と定義しています。ここで重要なことは、ケアの質とはテクニカルなケアそのものの質ではなく、ケアの結果もたらされた利用者の生活満足度である、ということです。
介護の質評価に利用できる3指標とは
レポートでは介護の質評価に利用できる指標として以下の3つを挙げています。
・Donabedian(ドナベディアン)の質評価モデル
・ICF(国際生活機能分類)
・Long-term Care quality framework
それぞれについて解説します。
・Donabedian(ドナベディアン)の質評価モデル
医療の質を評価する目的で1960年代に編み出された古典的な評価指標です。この指標は提供されるサービス(ここでは介護)を構造・過程・結果の3つの視点から評価するという考え方です。まず、構造は「サービス提供者の構造」、過程は「サービス提供者が実施した支援やケアの内容」、結果は「実際にサービス利用者が得た効果や心身の変化」となります。より具体的には、構造はサービス事業所の設備や人員体制、地理的分布を中心に利用者のベースラインのADLなどが該当します。過程はまさに提供するケアそのものの内容、ケアで発生するアクシデントの頻度(安全性)、ケア提供主体と周辺ステークホルダーによる連携状況、結果はまさに利用者のADLやQOL(家族のQOLも含む)となります。
・ICF(国際生活機能分類)
世界保健機関(WHO)の国際疾病分類(ICD)の補助として1980年に発表され、2001年のWHO総会で採択された比較的新しい指標です。具体的には介護を受ける人の生活を、病気や障害の有無である「健康状態」、生命維持に必要な心身機能、ADLや余暇の過ごし方や、社会的な参加状況を表す「生活機能」、置かれている住環境や人間関係、とりまく法制などの環境と個人が持つ属性因子で構成される「背景要因」の3領域から評価する仕組みです。このうち生活機能については最大9段階の評価点を設けています。
・Long-term Care quality framework
国際機関「経済協力開発機構(OECD)」が提唱した指標です。これは個々人の健康とQOLの達成を最終目標として、個々の介護利用者のニーズに応じて提供したサービスを主に有効性、安全性、患者中心性から評価し、これにアクセスや費用対効果などの経済性なども加味して評価するものです。
質の評価の確立が新たな加算の創設につながる可能性も
この3つの指標のうち、実際に質を点数で評価するのはICFの一部くらいで、全体としては具体的な点数評価ではなく概念を指します。介護事業所の運営者や現場で働く人にとって、「それでは何の役にも立たないのではないか」との声が聞こえてきそうですが、そうとも言い切れません。というのも、これらの指標は、質の高い介護を行う上で必要不可欠なポイントであることはほぼ間違いありません。その意味では、これらのモデルを利用し、自施設で具体的な評価項目と点数尺度を設けることで、ある程度介護の質評価を行うことは可能です。
今後、国はLIFEで収集されたデータから、最終的に介護の質を評価する数値的基準の作成を目指すと思われます。しかし、様々な検査値で評価される医療とは違い、介護ではクリアな評価基準を確立するのは容易ではありません。その意味では現場が上記で示したような評価指標を具体化しながら利用し、成果を公表することが質評価指標の確立、引いては現場が納得感のある介護報酬の立案につながる可能性があります。実際、診療報酬などでは現場の先進的な取り組みが後に新規加算の創設につながった事例は多数あります。このように現場が先行して試行錯誤を重ねることが重要なのは介護も同様です。
【関連資料】
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