2024年春の診療報酬・介護報酬・障害福祉サービス報酬のトリプル改定に向けて、徐々に厚労省の各審議会での議論が本格化しています。8月10日に開催された中央社会保険医療協議会(中医協)の入院・外来医療等の調査・評価分科会では、改定に向けて高齢者の急性期入院医療などに関するデータが提示され、今後の論点が示されました。今回はこの点について解説します。
加速する「医療資源適正化」の動き
今さらながらと思うかもしれませんが、まず今回の議論の背景にある大枠を改めて整理しておきます。この問題について議論される理由は、一言で言えば、少子高齢化の進展が挙げられます。一般論で言えば、医療・介護を必要とする機会が多いのは高齢者であり、目下の状況は社会保障費が増加の一途を辿っています。しかも、少子化により現役労働世代が減少しているわけですから、国の社会保障費負担の原資である税収は今後減少していきます。そうした中で国は「適切な医療を適切な患者に届ける」ことを主眼に診療報酬や医療関連法などの改定を進めています。昨今の国の医療政策について、「医療費削減のため」と表現されることは少なくありませんが、これはある一面から見ればその通りです。
しかし、より正確には「適切な医療を適切な患者に届ける」をよりかみ砕いた表現となる「手厚い医療が必要な人には手厚い医療を。そこまで手厚い医療が必要ではない人にはその人に合った医療を」という理念の後半部分を抜粋してざっくり表現すると「医療費削減」となります。
要はこれまでは全ての人に手厚すぎる医療を提供していた状況を適正化して行こうということです。そうした動きのきっかけとなったのが急速に進展している少子高齢化という社会状況だったにすぎません。
介護保険の創設も「医療資源適正化」の大きな流れの1つ
そもそも介護保険自体が、この医療の適正化の流れで創設されたものです。介護保険創設前は現在の特養や老健の入所者のような高齢者は、病院への入院で世話をされていました。当時ありがちだったのは、豪雪地帯などで「親の様子を見に行くのが困難なので、冬の間だけ地元の病院で預かってもらおう」などというケースでした。あまり医療措置の必要がないのにあれこれ理屈をつけて表面上は患者の扱いにして入院をしていたわけです。今ではかなり死語になりつつありますが、こうした入院は「社会的入院」と呼ばれていました。
病院は専門のスタッフや資器材が投入され、入院者1人当たりに膨大な労力とコストもかかります。「社会的入院」になるような高齢者に過剰な医療を提供することなく、適正な労力とコストで対応することを念頭に介護保険が創設されたのです。
高齢者の救急搬送人数 軽症・中等症を中心にこの10年間で大幅増
さて前置きが長くなりましたが、今回の分科会ではまず救急搬送の現状のデータが示されました。このデータは総務省が公表している2020年の救急搬送の延べ人数ですが、小児(18歳未満)、成人(18~64歳)、高齢者(65歳以上)の各年齢区分で、死亡、重症、中等症、軽症という4区分の重症度に分類しています。それによると、各年齢層での重症度別の救急搬送人数は、10年前と比較すると、小児、成人は全ての重症度で減少し、逆に高齢者では全ての重症度で増加しています。少子高齢化という現状を考えれば、これ自体は驚くことではないでしょう。
むしろ注目すべきは、その中身です。高齢者の救急搬送人数を10年前と比較すると、重症度別では軽症が27%増、中等症が41%増、重症が4%。つまるところ高齢者の増加とともに、救急搬送対象として必ずしも適切とは言えないが可能性がある軽症、中等症が救急搬送人数増加の多くを占めている現実があります。救急医療は通常の外来・入院医療に比べ、明らかに人員・コスト・資器材を多く利用する、いわば手厚い(高コスト)医療です。つまり現状の救急搬送では不適切な高コスト医療が行われている可能性があるということです。
ちなみにこの2020年の救急搬送人数を疾病分類別でみると、10年前に比べて、脳疾患は減少、精神疾患は不変で、これ以外の心疾患、消化器疾患、呼吸器疾患などは全て増加していることが分かりました。
一方、救急医療を担当する医療機関の現状についてもデータが示されました。ご存じのように日本の救急医療は初期救急医療、第二次救急医療、第三次救急医療に分けられています。初期救急は入院不要で外来で対応できる病態、二次救急と三次救急は入院加療が必要な病態が対象ですが、三次救急の場合は集中治療が必要な致命的な病態に対応するのが原則です。
提示された2020年病床機能報告によると、年間の救急搬送受入件数は第三次救急医療機関が5000件以上6000件未満が最も多く、中央値は4520件。第二次医療機関では1件以上500件未満が最も多く、中央値は576件でした。年間救急搬送受入件数が1000件未満と報告したのは、第三次救急医療機関数ではわずか5.5%でしたが、第二次救急医療機関では64%。しかも、第二次救急医療機関の半数弱の46%が年間救急搬送受入件数が500件未満でした。
これが何を意味するかです。そもそも救急搬送人数の重症度区分別では、どの年代別で搬送時死亡が最も少なく、次いで重症が少なくなっています。そして10年前よりも増加した救急搬送人数のほとんどが軽症・中等症の高齢者です。
これらを総合すると、生死に影響しない状態の救急搬送高齢者を、本来一刻を争う医療対応が必要な第三次救急医療機関が受け入れている可能性が高いという解釈が成り立ちます。つまるところ救急搬送の高齢者では過剰な医療が実施され、とりわけ第三次救急医療機関では、本来果たすべき役割である重症患者の診療に支障を来す可能性があるということです。
入所者急変時の救急搬送が今までほど容易にはできなくなってくる可能性も
このため中医協では、この点について、▽要介護の高齢者に対する急性期医療は、介護保険施設の配置医や地域包括ケア病棟が中心的に担当▽在宅支援の病棟である地域包括ケア病棟で高齢者の亜急性期を受け入れ推進▽介護保険施設の協力医療機関は地域包括ケア病棟を有する中小病院が主体となる、との指摘がすでに出ています。こうした指摘を踏まえると、急性期一般入院料や地域包括ケア病棟入院料などを算定する際に必要な重症度、医療・看護必要度の基準について、今後踏み込んだ議論が行われる可能性が浮上しています。
そうなると当然ながら、今後は介護施設の入所者急変時の救急搬送が今までほど容易にはできなくなってくると事態が想定されます。その意味で介護施設側は配置医師や協力医療機関との関係性の見直しや強化に加え、スタッフによる急変時の重症度判定などの医療教育の充実も求められることになるでしょう。
厚生労働省 入院・外来医療等の調査・評価分科会
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