令和6年度から介護事業者の財務諸表の公表義務化が始まります。
この変更は、経営情報の「見える化」を促進し介護職の処遇改善や業界の経営改善・経営統合を目指すものです。
この記事では、財務諸表公表の背景や義務化の詳細、その目的や変更点、具体的な公表内容について解説します。
令和6年(2024年度)から介護事業所に財務諸表公表を義務付け
厚生労働省は2024年度の介護報酬改定に合わせて、全ての介護事業所に財務諸表の公表を義務付ける方向性を明示しました。
また令和5年12月7日に行われた第109回社会保障審議会介護保険部会で「介護サービス事業者における財務諸表の公表について」の詳細が出されました。
ここでは介護施設が財務諸表の公表を義務付けられることになった背景とその意図、2023年12月時点で公表された詳細について解説します。
財務諸表公表の背景
財務諸表の公表は唐突に出てきた話ではなく、現在の政治主導の政策決定の根幹ともいえる「経済財政運営と改革の基本方針」、通称「骨太の方針」の2022年度版に盛り込まれていた内容です。
骨太の方針2022では「家庭における介護の負担軽減のため介護サービスの基盤整備等を進める。公的価格の費用の見える化等を行った上で、職種毎に仕事の内容に比して適正な水準まで賃金が引き上がり、必要な人材が確保されること等を目指して、現場で働く方々の更なる処遇改善に取り組んでいく」と言及されています。
財務諸表の公表の義務付けの背景には、介護業界の人材確保策があります。
介護業界の人材確保を困難にしている一因は、労働内容の割には給与水準が低いことが筆頭に上げられます。
岸田文雄首相は就任当初、「新しい資本主義」というモットーを掲げ、「成長と分配の好循環」とくり返し述べました。
この着地点の一つが、エッセンシャルワーカーでありながら給与水準が低いとされる看護師、介護職員、保育士の給与アップであり、評価は分かれるものの実現に漕ぎつけました。
しかし、さらなる給与アップ策が盛り込まれるのは厳しいと思われます。なぜなら前述した骨太の方針の文言を注意深く読むとそう解釈できるからです。
骨太の方針では、「公的価格の費用の見える化等」で「賃金が引き上がり」と他人事のような書き方をしています。国が「賃金を引き上げる」のではありません。
この「公的価格の費用の見える化等」こそが今回決定された介護事業所の財務諸表の公表義務付けです。
介護事業者の財務諸表の公表の目的は「賃金引上げ」と「業界再編」
財務諸表の公開義務付けは2022年12月5日の審議会で公開された「介護保険制度の見直しに関する意見(案)」に盛り込まれました。
まず部会内での「意見(案)」であるため、中には両論併記のような部分、矛盾しているかのように読める内容を含んだものであることは注意が必要です。
具体的なところでは以下のような意見の記述があります。
(1) 介護サービス事業者から届け出られた個別の事業所の情報を公表するのではなく、属性等に応じてグルーピングした分析結果を公表することが適当
(2) 介護サービス情報公表制度について、利用者の選択に資する情報提供という観点から、社会福祉法人や障害福祉サービス事業所が法令の規定により事業所等の財務状況を公表することとされていることを踏まえて、介護サービス事業者についても同様に財務状況を公表することが適当
いずれも公表の方向性では一致しているものの、(1)は事業所の類型ごとの公表、(2)は個別事業所ごとの公表、と解釈できます。これは意見案なので、その特徴ともいえる両論併記的記述になっています。
意見の違いは介護事業の経営主体が主に社会福祉法人か株式会社であることに起因するでしょう。
社会福祉法人は営利目的の法人ではなく、税制優遇などもあって公的な存在と位置付けられ、財務諸表の公表が義務付けられています。「社会福祉法人の財務諸表等電子開示システム」などで誰でもその閲覧が可能です。
しかし、株式会社は上場企業以外は財務諸表の公表義務はありません。
つまり(1)は非上場の株式会社の「いきなり個別事業所の財務諸表の公表はちょっとご勘弁」というスタンス、(2)は社会福祉法人の「我々は公表しているんだから、株式会社もそうあるべき」というスタンスです。
この辺の擦り合わせはこれから行われることになるでしょう。ただし、どちらの方向性でも厚生労働省は政府が目指す「処遇改善」の一助になると踏んでいるわけです。
(1)を平たく訳せば「各事業所がグルーピングされた分析と自分のところの財務諸表と付き合わせて経営改善の自助努力をし、場合によっては経営統合も検討して下さい」と解釈できます。経営統合をすれば財務力も強化され、賃金引き上げにつながるだろうという意味です。
(2)は一般生活者が介護サービス利用時の事業所選択手段として公開されている介護サービス情報公表制度のサイトを利用して財務諸表を公表しようという方法です。確かに公表すれば一部の利用者や家族は財務諸表も閲覧し、より経営安定度の高い介護事業者を選択するかもしれません。
また職員の賃金が公表されたら、真っ先に見るのは介護職員です。その結果、より経営基盤が安定し、好待遇のところへの人材が流動化し、介護業界再編の一歩となる可能性がでてきます。
端的にいえば、国の出費を最小限にして、賃金引き上げと業界再編を実現したいというのが財務諸表の公表義務付けの意図と言えます。
程度の差はあるものの、情報公開の流れは避けられそうになく、賃金が公開された際の短期的な人材流出や職員の不満は高まる可能性があります。各施設においては、賃金などの数字に表れない「働きやすい職場づくり」の早急な整備が求められることでしょう。
参考:第104回社会保障審議会介護保険部会「介護保険制度の見直しに関する意見(案)」
具体的な公表内容
令和5年12月7日に公表された第109回社会保障審議会介護保険部会の報告によると、介護施設側は次の財務諸表の提出が義務付けられます。
対象になる介護事業所
原則すべての介護事業所が対象になります。
ただし、次にあてはまる事業所・施設は対象外です。
- 過去1年間で提供を行った介護サービスの対価として支払いを受けた金額が100万円以下のもの
- 災害その他都道府県知事に対し報告を行うことができないことにつき正当な理由があるもの
公表期限
報告期限は毎会計年度終了後3か月以内です。
初回のみ、令和6年度内に提出できる措置があります。
公表方法
オンラインで利用できるツールを利用して、都道府県知事が同一の情報を閲覧できる状態に置く方法または厚生労働省老健局長が定める方法で報告します。
参考:第109回社会保障審議会介護保険部会「改正介護保険法の施行等について(報告)」
そもそも財務諸表とは?
介護事業所・施設に公表が義務付けられる財務諸表ですが、介護事業所の職員であっても管理者や会計担当でない限り、どのような資料なのかわからないことがほとんどでしょう。
ここでは公表が義務付けられた各財務諸表の内容や役割について解説します。
事業活動計算書(損益計算書)
事業活動計算書(損益計算書)は介護施設の経営パフォーマンスを示す文書であり、特定期間内の収益と費用を示す資料です。
収益側には入居料や介護サービスの収益が含まれ、費用側には人件費、水道光熱費、その他施設の維持費用などが示されます。
損益計算書は施設の収益性や経営の効率性を把握するために利用され、利益が出た場合は健全な経営を示し、損失が生じた場合は改善の余地がある可能性を示唆します。
経営側は損益計算書の経常収支の分析を通じて、将来の経営戦略や予算編成に役立ちます。
資金収支計算書(キャッシュフロー計算書)
資金収支計算書(キャッシュフロー計算書)とは、ある特定期間内における現金の流れを記載します。
営業活動、投資活動、財務活動などの項目に分かれ、営業活動では事業に関する現金の収支が、投資活動では資産の取得・売却に伴う現金の動きが、財務活動では資金調達や返済に関連する現金の変動が示されます。
資金収支計算書は施設の健全な資金状態を把握し、将来の経営計画や投資判断に役立つ情報を提供します。
貸借対照表(バランスシート)
貸借対照表(バランスシート)は介護施設の財務状況を示す資料です。
この表は特定の時点での資産と負債、資本の状態を表します。
資産側には施設の所有物や預金などが含まれ、負債側には施設の借金や未払いの請求書などが記載されます。資産と負債を双方を見ることから「対照表」と呼ばれ、施設の健全性や経営の安定性を把握するのに役立ちます。
また、貸借対照表の変動や比較を通じて、施設の経済的な動向やリスクを理解し、将来の経営戦略や課題に備えるための資料として役立ちます。
介護施設の財務諸表に関するまとめ
令和6年度から始まる介護事業所の財務諸表公表の義務化は、経営の透明性向上を図り、職員の処遇改善や業界再編が期待される重要な一歩です。
一方で、経営側にとっては介護職員や施設利用者がより好待遇で安定性のある施設へ流出する恐れもあるでしょう。
介護事業者は財務諸表公表の準備のほか、職員・利用者にとってより魅力的な施設にするための整備が課題となりそうです。
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