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【ニュース解説】新しい認知症治療薬「レカネマブ」ってどんな薬?

介護施設入所者が有する基礎疾患の中で最も多いのものの1つが「認知症」でしょう。認知症は正確には症候群の名称で、その原因疾患に応じて主にアルツハイマー病、脳血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症の主に4つに分類されます。このうち認知症の約7割を占めるのがアルツハイマー病です。

国立研究開発法人・日本医療研究開発機構(AMED)の研究推計によると、国内の認知症患者数は2025年に約675万人、高齢者の約5人に1人になると見込まれていますので、概算すれば、日本には約473万人のアルツハイマー病の患者がいることになります。これだけの患者が存在しながら、アルツハイマー病に関しては2011年7月以降、10年以上にわたって新薬は登場していませんでした。

そうした中で厚生労働省の薬事・食品衛生審議会医薬品第一部会は8月21日、国内大手製薬企業のエーザイと米バイオジェンが共同開発したアルツハイマー病治療薬のレケンビ(一般名:レカネマブ)の承認を了承しました。今回はこの新薬について解説します。

「レケンビ」では1週間おきに点滴で静脈注射を

アルツハイマー病の原因は完全には解明されていませんが、近年は「アミロイドβ」や「タウ」と呼ばれる異常なタンパク質が脳内に蓄積して神経細胞を死滅させることが、発症の一因と考えられています。

このアミロイドβなどの蓄積は、時間の経過とともに増えていくので、アルツハイマー病の症状はそれに伴って、軽度、中等度、高度と徐々に進行します。軽度では外出先での迷子、お金の取扱いが正確にできなくなる、物をなくす・あり得ない場所に置き忘れるなど、中等度では家族を認識できない、新しいことを覚えられない、幻覚・妄想、高度になるコミュニケーション能力をほぼ喪失します。介護関係者ならばよくご存じでしょう。そして軽度発症の約10年前からは、自立した日常生活は送れているものの、本人や家族が気づく程度の物忘れが起きる軽度認知障害(MCI)が起きています。

ここで前述したアミロイドβの蓄積と発症との関係を大雑把に説明しましょう。まず、仮に80歳で軽度アルツハイマー病を発症したと診断された人がいたとします。この人の場合、早ければ50歳代くらいから脳内でのアミロイドβの蓄積が始まっています。その後、70歳くらいから徐々に神経細胞の死滅が本格化し、MCIを経て軽度アルツハイマー病の発症に至ります。このようにアルツハイマー病は、本人も周囲も気づかない段階から20~30年かけて脳内でゆっくりと進行しています。

今回承認が了承されたレケンビは、このアミロイドβに結合する人工的に製造された抗体を医薬品とした注射薬です。実際の使用では1週間おきに点滴で静脈注射します。これにより成分として含まれている抗体が脳内に貯まっているアミロイドβと結合し、抗体自体の働きや抗体を目印に集まってきた一部の免疫細胞などの働きでアミロイドβを分解・除去します。

「アリセプト」などこれまでの治療薬とどう違う?

一方、介護関係者は、以前からアルツハイマー病で使われているアリセプトなどの4種類の治療薬についてはかなり馴染みがあると思います。これらはいずれも神経細胞から他の細胞への情報伝達をする神経伝達物質の一種で、記憶や学習に関係するアセチルコリンの減少を防ぐことで効果を示します。以前からアルツハイマー病の患者では、著しいアセチルコリンの減少が認められるという研究を基に作られた薬です。ただ、これらの薬は投与開始から1~2年で無効になることが一般的です。

ここでアルツハイマー病とアミロイドβの蓄積、それに効果を示す今回のレケンビとアリセプトなどの既存薬との違いなどの関係について、神経細胞を屋外の電線に例えて説明します。

屋外の電線は冬の大雪の際などに、電線上に積もった雪の重みで次第に電線が弱り、最終的に切断してしまうことがあります。電線が切断されれば、当然電気は流れなくなるので、周辺は停電となります。

この現象をアルツハイマー病に置き換えると、電線が神経細胞、電線に積もった雪がアミロイドβとなります。雪が取り除かれずに摩耗し、それが進行して最終的に電線が切断されるまでの過程は、アルツハイマー病が徐々に進行する状態と同じです。

この枠組みで、レケンビとアリセプトの役割を例えると、レケンビは雪を除去して電線の摩耗・切断を回避するのに対し、アリセプトなどは雪を除去せず、弱り始めた電線により多くの電気を流そうとするものです。アリセプトなどの場合は、アミロイドβの蓄積は放置したままなので、いずれ神経は死滅し、神経伝達物質の減少を抑制する効果そのものが意味をなさなくなります。どうあがいても切断した電線には物理的に電気が流れないのと同じことです。アリセプトなどが1~2年で効果がなくなるのは、こうした原理です。

つまりアリセプトなどが対症療法なのに対し、レケンビは根本療法に近い薬と言えます。

新しい認知症治療薬 その効果は

レケンビの効果は北米、ヨーロッパ、アジアの50~90歳の軽度認知障害(MCI)と軽度アルツハイマー病の患者1795人を対象に行った「Clarity AD試験」で示されています。この試験では、患者を2グループに分け、一方にはレケンビ、もう一方には偽薬(プラセボ)を1年半にわたって投与して効果を比較しています。

具体的な効果の評価は、認知症の重症度や進行度を評価する臨床的認知症尺度(CDR)で評価しています。念のために解説すると、これは認知症で認められる症状や周辺環境変化を6項目に分類。医師が患者や家族に問診して、予め定められた各項目の5段階の深刻度を評価し、それに応じて定められた点数の合計(CDR-SB、18点満点)で状態を評価する仕組みです。点数が高いほど症状が進行していることを意味しています。

Clarity AD試験では投与開始から1年半の時点で、レケンビが投与されたグループは、偽薬を投与されたグループに比べ、CDR-SBの合計点数が27%低い、言い換えるとアルツハイマー病の進行が27%抑制されていたことが分かりました。

これを患者・家族に理解しやすい数字に置き換えて計算した結果では、レケンビを投与されていた人では、偽薬を投与されていない人と比べ、あるレベルまでの認知機能低下を5.3カ月先送りできるという試算結果になります。

アミロイドβは脳内では神経細胞のほかに血管壁にも貯まるため、血管の一部が脆弱になっています。このためレケンビを投与すると、この血管壁に貯まったアミロイドβにも結合して分解・除去する結果として生じる「アミロイド関連画像異常(ARIA)」というレケンビの特有の副作用があります。

ARIAは抗体が血管壁からアミロイドβを除去した際に、血管壁からにじみ出た血液の液体成分で脳組織がむくむ「アミロイド関連画像異常-浮腫/浸出(ARIA-E)」、あるいは血管から出血する「アミロイド関連画像異常-微小出血/脳表ヘモジデリン沈着(ARIA-H)」の2種類に分けられます。この診断はMRI(磁気共鳴画像)で行います。

Clarity AD試験では、レケンビを投与された人のうちMRIで診断されたARIA-Eは12.6%、ARIA-Hは17.3%。そのうち具体的に何らかの症状が出た人はARIA-Eで2.8%、ARIA-Hで0.7%でした。なお、Clarity AD試験後の継続試験では、レケンビを投与された人のうち2人が脳出血で死亡したと報告されています。ただ、この2人については、血液を固まりにくくする薬が併せて投与されていたり、出血を起こしやすい合併症を複数有していたりなどの事情があり、死亡とレケンビ投与との関係は現時点で低いと考えられています。

もっともARIAは発見が遅れると致命的になる可能性があるため、治療の際は定期的にMRIを撮影し、注意を払いながら経過を見ていくことが必要になります。

「アルツハイマー型認知症」を完全に治すわけではない

さてここで改めて強調しておかねばならないことがあります。久しぶりのアルツハイマー病の新薬ということで、患者や家族、介護者の間では期待が高まっていることでしょう。しかし、レケンビは「アルツハイマー病を治す薬」ではありません。貯まり始めたアミロイドβを分解・除去はしますが、それでも投与時点ですでにアミロイドβの蓄積で損傷を受けてしまった神経細胞そのものは元に戻りません。

神経細胞を元に戻すには別の治療が必要ですが、現在そうした治療法は存在しません。極論を言えば、今この記事を読んでいる人たちが生きている間にそうした治療法が確立される可能性はほぼないと言っても良いでしょう。

そして根本療法に近いものの、すでに貯まっているアミロイドβをこの薬で取り除く間にも新たなアミロイドβの蓄積は起こります。この治療をより一般的な例えをするならば、浸水が始まった家の中の水を必死にバケツでくみ出すようなイメージです。ただ、浸水の原因は水なので、それをくみ出すことには一定の意味があります。前述した進行速度を遅らせる効果とはそういう意味です。

このことから考えれば、神経の死滅がかなり進んでしまっている患者に投与しても、効果はあまり期待できないことは容易に想像がつくでしょう。そのため投与対象はあくまでアルツハイマー病の早期、すなわち軽度アルツハイマー病とその前段階のMCIで、かつアミロイドβの脳内蓄積が確認された患者に限定されます。

アミロイドβの蓄積の確認は、現時点で陽電子放出断層撮影(PET)あるいは脳脊髄液検査(CSF検査)の2種類があります。レケンビの承認が了承された厚生労働省の薬事・食品衛生審議会医薬品第一部会では、同じ日にPETでアミロイドβを可視化するために使用される放射性診断薬の効能追加も了承されました。そう遠くないうちに保険適応も行われます。

しかし、アミロイドPET用の放射性診断薬に使用されている放射性物質は半減期が極めて短く、製造場所から輸送に時間がかかる地域では、現時点ではこの検査を受けること自体が物理的に困難です。加えて十分なアミロイドPETの読影訓練を受けた医療従事者がいる医療機関も限られ、保険適応になっても患者は数万円の自己負担が必要になる見込みです。一方で脳脊髄液検査は侵襲性の高い腰痛穿刺が必要になります。昨今では島津製作所が開発している簡易血液検査が注目されていますが、正式にこれが使えるようになるのはもう少し先になる見込みです。

これら純粋な医学的適応で使用が可能と判断される患者は、アルツハイマー病患者全体の1割に満たないとも噂されています。

薬代や治療費はどうなる?

さらに医学的適応を満たしたとしても、高額な薬剤費という経済的な問題が立ちはだかります。すでに承認されたアメリカでの患者1人当たりの年間薬剤費は約375万円です。日本の薬価はまだ決定していませんが、アメリカより多少安くなったとしても100万円のオーダーを切るとは考えにくいです。結局、日本国内でこの薬を使う人の多くは高額療養費制度を利用することになるでしょう。しかし、それでも月数万円の自己負担が必要ですから、経済的理由で投与を躊躇する人もいるはずです。

そして最後に再び効果について述べておきます。すでに進行を遅らせるのみで、治す薬ではないと強調しました。そして臨床試験で得られたCDR-SBでの27%の進行抑制は、患者・家族はおろか医師ですら患者の状態を目で見て実感できるレベルではありません。あくまでCDR-SBによる測定でようやく分かるものです。

いずれにせよこの薬とは、過度な期待を抱くことなく向き合うことが必要です。

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