世の中は業界問わず人手不足の状況ですが、介護業界は介護保険創設時から20年以上ほぼ慢性的な人手不足が続いています。しかもやや特殊な業界構造を有しています。無資格者でも参入可能な業種ではありますが、勤務の継続やペースアップの獲得のためには、一定の技能習得が求められます。にもかかわらず、給与水準が必ずしも高くありません。
こうした中でよく言われるのが、キャリア形成に対する雇用側の支援が不足していることが慢性的な人手不足の原因になっているというものです。この点は実際にどうなのでしょうか?2つの民間調査から一般論としてのキャリア形成支援と人材確保・定着の関係について考えてみたいと思います。
キャリア形成支援 実施企業の4割以上が「効果はわからない」と回答
その一つが人材サービスのマンパワーグループが3月に企業の人事担当者および経営者を対象に行った「『キャリア自律』浸透度の測定に関するアンケート調査」です。有効回答は266件で、回答企業の規模構成比は1,001名以上が36%、301~1,000名が23%、300名以下が42%、業種構成比はメーカー企業が45%、非メーカー企業が55%です。
回答企業のうち、従業員のキャリア形成支援を実施している企業は全体で50%。企業規模別では、実施している企業が従業員1,001名以上で76%、301~1,000名では47%、300名以下では30%となっています。明らかに企業規模により取り組み状況に差があることがわかります。この辺は当然ながら企業規模によってキャリア形成支援を担当できる人材の多寡が大きく異なるという事情が影響しているという点が大きいと思われます。
このキャリア形成支援の効果が出ていると回答した企業は全体で34%ですが、一方で「わからない/なんとも言えない/把握できていない」が43%、「効果がでていない」が19%)とややネガティブな結果になりました。
支援内容が広範囲にわたり、効果測定しづらいことが背景に
ちなみに効果測定方法がどのようなものかが気になるところですが、同調査のリリースでは自由回答コメントとして「社内キャリアコンサルタントによる面談(商社・流通/1,001名以上)」、「年1回のキャリアシート作成・提出(メーカー/301~1,000名)などを紹介しています。
そして「キャリア形成支援」を検討・企画・推進する上での課題(複数回答)として、実施している企業では「現状の施策や取り組みの効果がみえづらい」が最多の47%。続いて「キャリア形成の必要性を従業員が感じていない」「現状の施策や取り組みの具体的な目標や達成指標が定められていない」がそれぞれ32%となっています。
マンパワーグループ側ではこのキャリア形成支援を実施している企業の約半数が効果不明と回答している点について、具体的な効果測定方法が分からない点が原因との分析を示し、その背景についてはキャリア形成支援内容が広範囲にわたるため、測定自体が困難である点を指摘しています。そのうえでキャリア形成支援の効果が一定程度出るまでには少なくとも4~5年はかかることが多く、測定では「社員の強みや価値観に対する理解度」「上司からの支援の満足度」「キャリアビジョンを実現する仕組みの有無」など、複合的かつ具体的な指標で測定することが望ましいと提言しています。
効果を感じられない施策「eラーニング」「ランチ会など同期入社、他部署間の交流施策」など
さてこうした結果を聞くと、やはりどのようなキャリア形成支援策が効果を発揮するかが気になると思います。その意味では人的資源プラットフォームの開発・運営などを行う株式会社PeopleXが6月に公表した「エンプロイーサクセスに関する実態調査」の中の従業員のイネーブルメント施策(以下、施策)をテーマとしたレポートが参考になります。「イネーブルメント」は従業員が業務を通じて成果を発揮できるよう導く人材育成の仕組みを指します。ざっくりいえば前半のテーマだったキャリア形成支援とほぼ同義です。
同調査は企業の人事業務に従事する正社員1,031人、人事以外の業務に従事する正社員1,026人を対象に行いました。人事業務担当者と非人事業務担当者それぞれを調査対象としたのは、意識の違いを確認するためです。
調査結果では、効果を実感する施策(複数回答)は、人事業務担当者で最多が「1on1によるマネジャー、リーダーからのフィードバックやコーチングなどのサポート体制」が77.2%、次いで「受講費用の負担など資格取得支援制度の導入」が75.8%、「入社後の定期的なフォロー面談」が74.7%など。これに対し、非人事業務担当者でのトップ3は「部署異動時のオンボーディングプログラム」が72.0%、「受講費用の負担など資格取得支援制度の導入」が71.2%、「外部セミナーへの参加など学びの場を提供する施策」が70.1%。
第2位の「受講費用…」以外は人事業務担当者と非人事業務担当者では効果の実感に大きなギャップがあることがわかります。とりわけ人事業務担当者が最も効果を実感している「1no1…」は非人事業務担当者では8位、非人事業務担当者が最も効果を実感している施策の3位である「部署異動時の…」は人事業務担当者では8位未満です。ちなみに「部署移動時の…」の施策導入率は回答企業中最下位の29.3%でした。なお、人事業務担当者では3位だった「入社後の…」は、非人事業務担当者では5位。
一方で効果を感じないと考えている施策(複数回答)トップ3は、人事業務担当者では「eラーニング」が11.1%、「ランチ会、シャッフルランチなど同期入社、他部署間の交流施策」が9.8%、「メンター、バディ制度などサポート体制」が8.4%、非人事業務担当者では「eラーニング」が14.2%、「ランチ会、シャッフルランチなど同期入社、他部署間の交流施策」が13.4%、「ジョブローテーションや異動など自発的な挑戦を促す仕組み」が13.3%。この点は人事業務担当者と非人事業務担当者でおおむね認識が一致していました。
「押し付け型」e-ラーニングではなく、資格取得支援制度などとの組み合わせを
効果を感じない施策として今流行りのe-ラーニングがあがったことについては、納得する人もいれば意外と思う人もいるでしょう。学びのスタイルの選択肢を広げる点でe-ラーニングは悪くはありませんが、効果測定が難しい側面があります。とくに強制力がある形で従業員に適用する場合は、とりあえずやっつけで動画再生記録を残すだけも可能になってしまう弱点があることは否定できません。
以上を概観すると、少なくともキャリア形成支援策で短期的な効果測定は困難かつ、測定方法が画一的なものはない中でも、受講費用の負担など資格取得支援制度の導入については人事担当者とそれ以外の従業員側の意向が一致しており、選択肢としてはあったほうが良い制度と言えます。また、この制度については実際の資格取得の成否を指標にすることで効果測定が可能とも言えます。
今回紹介した調査はいずれも介護業界に特化したものではありませんが、介護業界の場合は無資格でも門戸が開かれている一方、資格の有無によって給与や地位に明確な差がある業界でもあります。その意味で資格取得支援制度の導入が親和性の高い業界の一つでしょう。介護業界での離職率の高さの要因の一つにはキャリアの行く末が見えないことも指摘されているため、離職率低下にも一定の効果を示す可能性もあります。
マンパワーグループ「従業員のキャリア形成支援の効果調査」
株式会社PeopleX「エンプロイーサクセス実態調査2024」
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