介護職員の不足と同時に深刻なのが看護師不足です。とりわけ看護師の場合、病院・診療所をはじめとする伝統的な職場から訪問看護ステーション、保育園、行政などの選択肢があるため、介護施設が看護師を採用する場合、必然的にこれら各施設との争奪戦に巻き込まれることになります。その意味で看護師採用に当たっては、介護業界そのものだけでなく、看護師が就職する可能性がある幅の広い業界・施設も含めた動向を注視する必要があります。
この点を踏まえ、最近注目すべき調査結果が発表されました。看護師・助産師・保健師向け人材紹介「ナース人材バンク」などを運営する株式会社エス・エム・エスが全国の看護師1万9,878人に対して行った看護師の採用と定着をテーマに行った「看護師の働き方に関する意識調査」の結果です。同調査は2021年から開始され、今回で3回目です。
今回の結果を要約すると、介護施設の職場満足度はあまり高くないこと、かつ介護施設を転職希望先とする看護師は50代以上が中心など、業界関係者にとってはあまり心穏やかではいられない状況が浮かび上がってきます。今回はこの内容を解説します。
「病院」「介護施設」で職場満足度は低く
現在勤務している看護師に、現在の就業先に対する満足度を尋ねた結果では、「満足」が12.2%、「まあ満足」が50.4%、「やや不満」が26.2%、「不満」が11.2%でした。「満足」、「まあ満足」の合計は62.6%で、単純な比較はできないものの前回調査の59.2%、前々回調査の61.0%と比較すると、全体的な満足感は上昇トレンドと言えます。
ただし、勤務施設の形態別ではやや異なる様相が見えてきます。施設形態別満足度(「満足」、「まあ満足」の合計)は、「病院」が57.3%、「訪問看護ステーション」が72.8%、「クリニック(美容以外)」が69.7%、「美容クリニック」が78.4%、「介護施設」が61.0%、「保育園」が77.7%、「一般企業」が79.5%。
数字を見ればわかる通り、介護施設は病院に次いで満足度が低くなっています。しかも、過去2年間の調査結果と比較すると、介護施設以外は前回調査と比べて満足度が3~7ポイント上昇しているのに対し、介護施設の満足度は前々回が60.4%、前回が60.6%です。これは好意的な解釈ではゆるやかな上昇傾向にあると言えますが、同時にほぼ横ばいとも言えます。やや厳しい見方をすれば、看護師が勤務する施設形態の中で、介護施設のみが職場環境改善などが停滞しているとも解釈できます。
もっとも給与面は、さまざまな調査結果から病院やクリニックよりも訪問看護ステーションや介護施設のほうが高い傾向がありますし、近年では看護師の昇給にも配分可能な介護職員等特定処遇改善加算、介護職員等ベースアップ等支援加算の新設(今回の介護報酬改定で介護職員等処遇改善加算に統一)が効果を表しているなどの調査結果も明らかになっているため、給与面以外にも何らかの理由があると考えられます。
看護師の退職理由「上司との関係に不満がある」「勤務時間が長い・残業が多い」
今回の調査結果のうち施設別結果が明らかにされているのは現在の職場満足度のみであるため詳細は不明ですが、調査結果を注意深く見ると、介護施設に対する満足度の低さのヒントになる部分もあります。それは退職経験者に過去の退職理由を尋ねた結果(複数回答)です。もちろん施設別ではなく全体の数字ですが、施設別でも若干の程度の差はあってもほぼ同様の傾向と思われます。
それによると、前職の退職理由の最多は「上司との関係に不満がある」が29.2%。次いで「勤務時間が長い・残業が多い」が25.2%、「昇進・昇給・給与などに不満がある」が16.4%、「業務内容が合わない」が16.2%、「同僚との関係に不満がある」が15.4%、「休みが取れない」が14.7%などです。これらを大きくまとめると、職場の人間関係と過大な業務負荷の2点に集約できるでしょう。
職場選びのポイント「勤務時間・体制」「仕事とプライベートの両立」
また、この調査では現在看護師として勤務している人に現在の職場を選んだ時に重視したポイント(複数回答)を尋ねており、最多は「勤務時間・体制」が59.2%、次いで「職場へのアクセス」が54.5%、「給与」が44.8%など。
さらに働く上で最も大切にしたい価値観を尋ねた結果は、「仕事とプライベートを両立させられることを重視したい」が43.2%で最多。次いで「社会的・経済的な安定を求めたい」が18.6%、「自分のペースやスタイルで仕事を進めることを重視したい」が17.7%で続きました。
前職の退職理由以下で示した結果を総合すると、看護師が職場選択、就業継続を考える際には、仕事とプライベートの両立が可能な勤務時間・体制が最優先されていると言えそうです。
転職先候補 50代以上は「介護施設」がトップも若手は「病院」志向強く
これらを踏まえ、今回の調査で現在転職(就職)を希望している人に対して、どのような施設で働きたいかを尋ねた結果(複数回答)を見ていきたいと思います。
ここでは年代別の違いが明瞭に出ています。20~40代で筆頭に挙がるのがやはり病院です。各年代とも約7割かそれ以上が転職候補にあげています。これに対し、50代以上では、病院を転職候補とする人は5割強にとどまります。この差はおそらく病院業務は看護師が最も気力・体力が必要とされる職場であるため、加齢とともに体力的な限界などから病院を避けたがる傾向が強まっているのでしょう。
このほかに年代別の差が顕著に認められるのは、美容クリニックや一般企業で、20~30代では他の年代に比べてこれら施設を転職候補に挙げる割合が高い点です。
最も注目すべき介護施設への転職意向に関しては、20代では3割以上、30~40代では4割弱、そして50代以上では6割以上が転職候補として検討していることが明らかになりました。施設別の転職候補としては、20代では病院、クリニック(美容以外)に次ぐ3番手、30~40代では病院に次ぐ2番手、50代以上ではトップです。
この点についてやや踏み込んだ解釈をしてみようと思います。20代の場合、これから看護師の経験を積む時期でもあり、伝統的な職場である病院、クリニックが上位に来るのが自然と思われます。これに対し、30~40代はある程度経験を積んだうえに、女性が圧倒的多数である看護師の現実を考えれば、結婚・出産・育児というライフステージ真っ盛りの時期でもあります。つまりライフワークバランスを考えた場合、この年代では病院勤務がややハード過ぎると捉えられているのでしょう。
もっともこの年代の転職候補としてクリニック(美容以外)が介護施設に次ぐ3番手になっていることをやや不思議に思う人もいるかもしれません。しかし、クリニックの場合、病院の業務環境に近い病床20床以下の有床診療所も含まれます。このことが影響していると考えられます。
そして50代以上に関しては、前述の病院勤務希望者の割合が低いことでも指摘した体力面、さらには年代的に親の介護が現実味を帯び、介護施設勤務に親和性を感じ始めていると考えられます。
ちなみに訪問看護ステーションに関しては、どの年代でも他の施設と比べると転職候補と考える人の割合(最大でも4分の1未満)は少ないという結果でした。これは患者宅への1人訪問なども多く、責任が大きいうえに安全面の不安なども影響していると見られます。
「転職候補の上位にくるものの、職場満足度が低く離職につながる」この悪循環をどう断ち切るか
さて今回の結果を介護施設の立場で総合的にどう解釈すべきかについて触れておきます。まず、転職先候補として2~3番手であることに逆に胸をなでおろした介護施設関係者も多いのではないでしょうか?
ただ、そうした受け止めはやや身内贔屓すぎると言えます。冒頭で示したように介護施設に勤務する看護師の満足度はかなり低めの傾向が続いているからです。より俯瞰して言えば、看護師にとって介護施設は転職候補の上位にくるものの、いざ就職すると職場満足度が低く、結果として離職につながるという構図も否定できないのです。少なくとも今回の結果やこれまでの各種調査などの結果を総合すれば、この構図はあながち間違いとは言い切れません。
いずれにせよ介護施設関係者は今一度、施設全体での業務効率化とそれに基づく勤務体制の見直しをしてみてはいかがでしょうか。とりわけ自施設の離職率が他施設と比べて高いと感じている介護施設ではなおさらです。こうした取り組みは看護師だけでなく介護職員、とくにライフワークバランスを重視しがちな若年の看護師、介護職員の獲得と定着に必ず資するはずです。同時に看護師獲得で苦戦している介護施設では、採用の枠を50代以降の看護師に広げることも念頭に置きましょう。
株式会社エス・エム・エス「看護師の働き方に関する意識調査」
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