独立行政法人福祉医療機構(WAM)は、昨年末に2024年度の介護報酬改定の影響に関するアンケート調査の結果をまとめましたが、そこでは2024年度介護報酬改定で新設された「生産性向上推進体制加算」の介護老人福祉施設(特養)での算定状況も調査しています。
同加算は、ICTや介護ロボットなどのテクノロジー活用を促進し、業務効率化や働きやすい職場環境の構築を目的としています。しかし、調査結果で明らかになった算定状況からは、依然として課題が多いことが浮き彫りになっています。
まず、調査結果(回答769施設)では生産性向上推進体制加算(I)の算定率はわずか6.9%、加算(II)は18.6%にとどまり、算定していない施設が74.5%でした。
生産性向上推進体制加算の算定要件・単位
ここで改めて生産性向上推進体制加算についておさらいします。同加算は利用者1人当たり加算(I)が月100単位、加算(II)が月10単位、算定できます。とくに加算(I)の単位数はかなり大きいこともあり、算定できれば経営上のメリットは大きいですが、反面算定要件はかなりハードルが高いものです。
同加算は基本的に加算(II)を取得し、そこからステップアップで加算(I)に移行するという思考で制度設計が行われているため、まずは加算(II)の算定要件を以下に箇条書きします。
・利用者の安全や介護サービスの質の確保、職員の負担軽減に向けた委員会の開催や安全対策を実施
・1つ以上のテクノロジー機器の導入(テクノロジー機器は、見守り機器・インカム・介護記録ソフトウェアや介護記録の作成を効率的に行うことができるICT機器などが該当)
・「介護サービス事業における生産性向上に資するガイドライン」にもとづいた業務改善を実行
・事業年度ごとに実績データを厚生労働省に提出
加算(II)取得に当たっては上記すべてを満たす必要があります。加算(I)については加算(II)の要件を満たしたうえでさらに以下の算定要件が追加されます。
・テクノロジー機器の複数導入(見守り機器・インカム・介護記録ソフトウェアや介護記録の作成を効率的に行うことができるICT機器の3種類すべての導入が必要)
・介護職員が介護に集中できる時間帯を設けることや介護助手の活用などにより、役割分担を実施
算定要件のうち事業年度ごとの提出データについて、加算(I)では当然ながら加算(II)よりも求められるデータの範囲も増えます。
加算(II)から加算(I)へ移行する場合は、加算(II)で実績を3か月以上経たうえで▽利用者の満足度評価が下がっていないこと▽介護職員の総業務時間や超過勤務時間が短縮していること▽年次有給休暇の取得数が維持または増加していること、の3つをデータで証明する必要があります。
なお、最初から加算(I)を取得することも可能ですが、その場合は加算(I)の要件を満たす活動を3か月以上継続しているうえで、上記3項目のデータ提出が必要です。
算定可能な介護サービスは施設系、短期入所系、居住系、多機能系で、施設種別では特養も含む16種の施設が対象です。
テクノロジーの複数導入資金とデータ作業が加算算定のハードルに
前述のように特養での算定は低調との結果でしたが、アンケート調査で加算(II)を算定している施設(回答143施設)に対し、加算(I)を算定できない理由(複数回答)を尋ねています。それによると、「見守り機器等のテクノロジーを複数導入」が74.8%で最多、次いで「業務改善の取組み効果をデータで確認」が34.3%、「導入後3か月未満(導入前後の状況の比較不可能)」が14.7%、「適切な役割分担等の取組み」が10.5%の順でした。要は金銭投資と算定に伴うデータ作業が主な理由です。
テクノロジーの複数導入が困難と回答した施設(107施設)に、導入が難しい機器を尋ねたところ(複数回答)、「入所者全員に見守り機器を使用」が86.0%、「職員全員がインカム等のICTを使用」が58.9%、「介護記録ソフト等の効率化に資する ICT を使用」が8.4%でした。見守り機器とインカムは施設運営に有益である一方で、入所者や職員全員に行き渡らせる必要があり、多大な投資が必要となるために中小規模の施設ではとくにハードルが高いと考えられます。
また、「業務改善の取組み効果をデータで確認」が難しいという施設(49施設)に具体的に収集の難しいデータについて尋ねた結果(複数回答)は、「利用者のQOL(生活の質)の変化」が77.6%、「心理的負担の変化」が49.0%、「機器の導入による業務時間の変化」が46.9%、「総業務時間及び当該時間に含まれる超過勤務時間の変化」が42.9%、「年次有給休暇の取得状況の変化」が14.3%となりました。ここからは相対的にデータ量が少なく、集計も楽だと思われる有給休暇の取得状況以外は、現場にとって収集そのものが難しい、あるいはその集計評価が難しいという現実を表しています。
補助金制度などを活用し、算定要件を整える流れは必至か
今回の結果を噛み砕くと、生産性向上推進体制加算の算定には、施設規模や資金力、既存の設備状況が大きく影響することがうかがえます。関係者の中には「加算(I)の取得は『絵に描いた餅』」と思う関係者もいるでしょう。
しかし、昨今の科学的介護情報システム(LIFE)を利用した介護報酬の推進が進んでいる流れを考慮すれば、今後この加算の算定要件についてデータ提出などの利便性は諮られることはあっても、加算そのものが短期間でなくなることはないでしょう。
その意味では、今回の結果を見て「周りも取得できていない」と安心するのではなく、たとえばテクノロジー機器導入については、国の支援事業に基づく都道府県の補助金制度などを活用し、少しでも算定要件を整えていくほうが無難です。
「お金がない」「時間がない」「作業が煩雑」という理由を挙げて加算取得を先延ばしにしている施設は、競合施設との経営体力格差が広がっていき、最終的に立ち行かなくなると危機感を持って対処して欲しいものです。
独立行政法人福祉医療機構「2024 年度介護報酬改定に関するアンケート調査」
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