
従来からある下請代金支払遅延等防止法(通称:下請法)が改正され、2026年1月1日から法律名称も「中小受託取引適正化法(通称:取適法)」となって施行されます。これは単なる名称変更ではなく、規制対象の拡大、禁止行為の追加、適用基準の見直しなど、実務対応が必要となる大きな改正となります。
介護業界も外部事業者への業務委託があるため、この法改正は無縁ではありません。そこで今回は取適法の改正ポイントと注意事項について解説します。
既存の下請法とは?
まず、もともとの下請法は、下請取引の公正化と下請事業者の利益保護を目的に1956年に公布された法律です。その目的からもわかるようにこの法律では、業務委託事業者の義務と禁止事項を定めています。
下請法で定められた委託事業者の義務は▽書面(発注内容などを記載したもの)の交付▽支払期日(成果物受領後60日以内)の決定▽書類の作成・保存(下請取引内容記載の書類作成と2年間の保存)▽遅延利息の支払、です。
また、禁止事項は▽受領拒否(注文した物品などの受領拒否)▽下請代金の支払遅延▽予め定めた下請代金の減額▽返品▽買いたたき(類似品などの価格・市価に比べて著しく低い下請代金設定)▽購入・利用強制(委託事業者が指定する物・役務の強制的購入・利用)▽報復措置(公正取引委員会や中小企業庁への不正行為の通報を理由とした取引数量の削減・取引停止など)▽有償支給原材料などの対価の早期決済(有償支給原材料などの対価を、それを用いた下請代金業務の支払期日より早い時期に相殺・支払わせる)▽割引困難な手形交付▽不当な経済上の利益(金銭・役務)の提供要請▽不当な給付内容の変更・やり直し、が該当します。

「取適法」への名称変更と改正の理由
今回の法律名称の変更は、下請法という法律名が意味する上下関係からの脱却と対等な委受託関係の構築が目的です。そのうえで改正そのものの目的は、中小受託事業者の保護をより明確にすることです。これはとくに昨今、原材料・人件費・エネルギー価格などが高騰する中で、受託事業者が委託事業者に対して価格転嫁ができない不公正な取引が増加していることを受け、両者の対等な関係の下、適正な価格交渉と支払い環境の整備を法的に強化する狙いがあります。

「取適法」改正のポイント
このような背景から、取適法では下請法と比べて委託事業者に厳しい内容になりました。主な変更点は(1)規制対象取引の拡大(2)規制対象の拡大(3)新たな禁止行為の追加、です。それぞれについて解説します。
(1)規制対象取引の拡大
下請法では「物品製造委託」、「物品修理委託」、「情報成果物作成委託」、「役務提供委託」が対象でした。このうち「情報成果物作成委託」とはソフトウェア、映像コンテンツ、各種デザインなど(これ以外にも含まれるものあり)の作成の委託で、「役務提供委託」は運送やビルメンテナンスなどの各種サービス (役務)の提供の委託を指します(建設業法に規定される建設事業者の建設工事は対象外)。
今回の改正では、これらに加え新たに「特定運送委託」が加わります。特定運送委託とは、委託事業者が販売する物品を委託側が指定した相手に対して運送する場合、委託事業者が製造・修理を委託した物品や作成を委託し情報成果物を委託事業者に運送する場合、にこの運送そのものを他の事業者に委託することを指します。
(2)規制対象の拡大
下請法では、物品の製造・修理委託、情報成果物作成のうちプログラム作成委託、役務提供委託のうち運送と 物品の倉庫保管と情報処理の委託に関しては、委託事業者が資本金3億円超の企業で受託事業者が資本金3億円以下の企業や個人の場合、あるいは委託事業者が資本金1,000万円超3億円以下の企業で受託事業者が資本金1,000万円以下の企業や個人の場合、それ以外の情報成果物作成委託や役務提供委託では委託事業者が資本金5,000万円超の企業で受託側が資本金5,000万円以下の企業や個人、あるいは委託事業者が資本金1,000万円超5,000万円以下の企業で受託事業者が資本金1,000万円以下の企業や個人、という関係が成立する場合に下請法の適用となっていました。
しかし、この場合、資本金が小さいにもかかわらず売上高や従業員数が多い企業が委託事業者になる場合は適用されませんでした。実際、税制上の優遇を念頭に売上規模や従業員が多いにもかかわらず、敢えて資本金を少額にとどめている企業は存在します。
そこで新たな取適法では、前者(物品の製造・修理委託など)では、委託事業者が常時使用する従業員300人超で受託事業者が常時使用する従業員300人以下の場合、後者(大部分の情報成果物作成委託や役務提供委託)では、委託事業者が常時使用する従業員100人超で受託事業者が常時使用する従業員100人以下の場合も新たに規制対象に追加されます。つまり従来の資本金基準か新たな従業員数基準のいずれかが該当すれば取適法の適用対象となります。
(3)新たな禁止行為の追加
委託事業者が受託事業者に対し、▽協議に応じない一方的な代金決定▽手形払▽振込手数料負担、をすることも新たな禁止事項として加わります。
まず、代金決定ですが、これは昨今の物価や人件費の高騰などにより受託事業者が価格改定などを行いやすい環境を整えることが目的です。受託事業者が求める価格協議を明確に断る場合だけでなく、協議を求める電話やメール・書面送付にもかかわらず無視したり、協議を複数回にわたって先延ばしする行為も違反となります。
また、一方的に委託事業者が受託事業者に価格引き下げを求め、その際に具体的理由の説明や根拠資料の提出をしない場合も違反となります。
手形などによる代金の支払いは支払遅延に該当すると見なされ、新たに禁止となります。もともと下請法では、受託事業者への支払いは納品から60日以内と定めています。しかし、手形払いでは、最長180日を要することが一般的でした。さらに受託事業者が手形を支払期日より早く現金化するためには、手形割引と言って高額な手数料と引き換えに銀行などに手形を買い取ってもらう必要がありました。これらが受託事業者の資金繰り悪化につながるため、今回手形払いが禁止となったのです。昨今では電子記録債権やファクタリングといった支払方法もありますが、この場合でも納品から60日以内に代金満額相当の現金を得ることが困難な場合は違反になります。
振込料負担については、従来の下請法でも受託代金の振込時に振込手数料分を差し引くことは原則禁止されていましたが、例外的に委託事業者と受託事業者が代金から振込手数料を差し引くことに合意した書面契約があれば可能としていました。これが例外なく禁止となります。
そして従来の下請法では、公正取引委員会と中小企業庁がこうした委受託取引が公正に行われているか否かを把握するために定期調査や立入検査を行い、違反が判明した場合は それを止めさせて原状回復させることを求めるとともに再発防止などの措置を実施するよう勧告を実施し、原則としてその旨を公表していました。加えて具体的な指導も行われます。さらに違反行為に対しては、違反者個人、具体的には違反行為を行った委託事業者側の担当者に加え、法人の双方が処罰され、罰金刑の最高額は50万円の罰金でした。
これらは取適法になってもほぼ同様に引き継がれます。ただし、受託事業者による違反の通報と違反事業者に対する指導に関しては、新たに事業所轄官庁が加わります。介護に関して言えば、違反行為の通報先として既存の公正取引委員会と中小企業庁のほかに厚生労働省が加わり、違反した委託事業者への指導についても新たに厚生労働省からも行われることになります。
一方、今回の改正でほぼ唯一、委託事業者にとって緩和とも言える措置があります。それは契約内容の情報提供に関しては、以前は受託事業者が同意しない限り、電子的手段(電子メールなど)での提供はできませんでしたが、取適法ではこの同意がなくとも電子的手段での提供が可能になります。
「取適法」の介護業界への影響は?
さて実際の介護業界への影響ですが、たとえば住宅型有料老人ホームやサ高住の運営会社がグループの介護事業会社を有しない場合などは、介護サービス提供の委託を受ける事業者もあるでしょう。この場合は受託事業者として保護の対象になります。その一方、介護事業者が清掃・リネン・食事提供・送迎などを外部事業者と委託契約を結んでいる場合は規制される側となります。
いずれの場合でも、契約締結や交渉プロセス、支払い方式の見直しが必要となります。また、社内の関係者に対して取適法の内容に関する研修を実施することも求められます。
政府広報オンライン「2026年1月から下請法が「取適法」に!委託取引のルールが大きく変わります」
公正取引委員会「取適法特設ページ」



