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「給料上げれば離職は減らせる」は正しい?さまざまな研究結果を解説

退職願

岸田内閣が掲げた主要政策の1つである「看護師・介護士・保育士の賃金アップ」。この公約は2022年2~9月は補助金で、同年10月からは看護師は診療報酬の「看護職員処遇改善評価料」、介護職員は2012年導入の「介護職員処遇改善加算」に加えて「介護職員等ベースアップ等支援加算」として実現しました。もっともこうした賃金アップが実際の人材確保や定着に結び付くかは必ずしも明確ではありません。過去の処遇改善施策がもたらした影響について、独立行政法人「労働政策研究・研修機構」が「看護師、介護職員、保育士、幼稚園教諭を対象とした処遇改善事業の有効性の検討に向けて―先行研究レビューを手がかりとして」と題するディスカッション・ペーパーをまとめました。今回はこの内容について紹介したいと思います。

処遇改善施策が採用/離職に与えた効果は

同ペーパーでは2017~2021年の5年間の人材確保状況について言及しています。有効求人倍率は看護師(准看護師も含む)が2.10~2.42倍、介護職員が3.57~4.31倍。看護師は年々低下、介護職員は一時増加から現在は低下傾向にあるものの、全職種平均の1.03~1.45倍に比べると著しく高いことが分かります。同期間の充足率(求人に対して充足された求人割合)は、看護師が11.1~12.7%、介護職員が8.3~10.8%。これも全職種平均の13.5~15.6%に比べて低率、かつともに年々低下しています。

また、2021年から過去10年間の離職率は、看護師が10.6~11.5%、介護職員は14.3~17.0%。看護師は漸減傾向のほぼ横ばい、介護職員は年々低下しています。しかし、全職種平均の離職率10.7~12.4%と比較すると、看護師は同レベルかやや低め、介護職員は明らかに高いのが実状です。これらを総合すれば、看護師と介護職員は明らかに人手不足であり、定着率も低いと言えるでしょう。

同ペーパーでは厚生労働省が行っている「賃金構造基本統計調査」から2012年の賃金を100として、2021年まで各種職種の賃金推移も示しています。それによると、全職種での賃金水準は、2015年から2019年にかけて102~103%で推移しているものの、2020年に低下し、2021年に再び上昇しています。
これを看護師と介護職員(同調査では2019年までの職種分類としてホームヘルパーと福祉施設介護員)で見ると、看護師は2018年までは100.2~102.3の間で上下変動し、2019年からは102.3~105.3まで右肩上がりに上昇しています。一方、ホームヘルパーは2013年の104.7、福祉施設介護員は2013年の99.5から2019年までそれぞれ115.5、112.0へと急上昇しています。前述のように介護職員は2012年度から処遇改善対応がとられていることから、その影響で賃金水準が上昇した可能性が考えられます。前述の離職率の低下と重ね合わせれば、介護職員では賃金上昇が離職率の低下に貢献した可能性があります。

離職を減らすには「賃金」以外にも多くの要素あり

では実際の賃金アップと離職率との関係は、どのようなものでしょうか。過去の研究では、この相関を厳格に検討したものはあまりありません。今回のディスカッション・ペーパーではいくつかの研究や見解が紹介されています。

まず、看護師に関しては、大津寛子氏(現・鈴鹿医療科学大学)による2005年の論文では、看護師の能力や熟練度を客観的に評価して賃金に反映することで就業意欲の向上、定着へのインセンティブになるとの見解を表明しています。また、2020年に発刊された角田由桂氏(現・山口大学大学院教授)の著書で紹介された研究では、女性看護師と教育年数が近い大卒女性の時給を比較し、30代までは看護師の方が高いものの、それ以降は大卒女性の方が高くなっていることを紹介しています。両研究ともに賃金面の改善が看護師の定着に有効と主張しています。一方、宮崎悟氏(国立教育政策研究所)による論文(2012年)では、正規雇用の若手看護師の場合、労働時間の長さが転職志向を強めており、賃金アップが職場への定着志向を強めるのはベテラン看護師のみと指摘しています。下野恵子氏(元名古屋市立大学教授)と前述の大津氏が2010年に発刊した共著書によると、看護師の供給は賃金の上下と相関しない(非弾力性)との研究が取り上げられています。

看護師の賃金アップによる離職防止効果は、学術的にはコントロバーシャル(論争を引き起こすような状態)で、統一した見解が得られていないようです。強いて言えば、熟練看護師では賃金アップが離職率低下に効果があるかもしれないというレベルにとどまっています。

さて介護職員についてはどうでしょうか。埋橋孝文氏(現・同志社大学名誉教授)による論文(2010年)では、介護では仕事はやりがいがあるものの、賃金が低さを中心にした労働条件の悪さが介護職員の大きな不満であると指摘しています。花岡智恵氏(現・東洋大学准教授)の論文(2009年)では、介護職員では、別の事業所で得られる期待賃金と比較して勤務先事業所の賃金の10%上昇が離職率の0.89%低下につながる、とかなり具体的な効果があることを示しています。さらに鈴木亘氏(現・学習院大学教授)の論文(2011年)では、介護産業から他の産業への転職行動の分析から、時給が100円上昇すると転職率が2.9%低減する、山田篤裕氏(現・慶應義塾大学教授)と石井加代子氏(現・慶應義塾大学特任准教授)の共著論文(2010年)では男性介護職員では賃金アップでの離職防止効果があるとの研究もあります。

これに対し、加藤善昌氏(現・姫路獨協大学准教授)による論文(2015年)では、介護職員の就業継続意向に関する回帰分析から、賃金アップのみで離職抑制につながるとは考えにくいと指摘。また、大和三重氏(関西学院大学教授)の論文(2014年)は、介護職員と介護福祉士の就業継続や離職抑制の要因分析から、離職に影響を与えるのは採用後の教育・研修であり、賃金は影響を与えていないとの分析結果を示しています。さらに横尾惠美子(聖隷クリストファー大学教授)の論文(2019年)では、介護職員の離職に影響を与える要因は、介護の方法、業務内容や職場環境の悪さ、上司の資質などが中心で賃金は影響を与えないとしています。

介護職員の賃金と離職率に関する研究は、看護師に比べれば数多く、内容もより具体的です。もっともここからも賃金アップは離職率低下に一定の効果はありそうなものの、実はそれ以外の要因の影響も少なくないことをうかがわせます。

ディスカッション・ペーパーでは各職種の離職理由に関する過去の調査結果も引用しています。まず、看護師に関しては、日本看護協会が2017年に公表した潜在看護職員に関する調査から、離職理由トップ5は順に「妊娠・出産」「結婚」「勤務時間が長い・超過勤務が多い」「子育て」「夜勤の負担が大きい」。介護職員については、介護労働安定センターが2020年に公表した調査結果での離職理由トップ5は順に「職場の人間関係に問題」「結婚・出産・妊娠・育児」「法人や施設・事業所の理念や運営のあり方に不満」「他に良い仕事・職場があったため」「収入が少なかったため」です。

このようにしてみると、賃金に関する不満は介護職員でようやく5番手に登場する程度で、看護師、介護職員ともにライフスタイルの変化や賃金以外の労働環境が上位に来ています。特に看護師についてはライフスタイルの変化が離職理由の中核です。その意味では前述の看護職員の賃金に関する研究の中に年齢が高い看護師では賃金アップの効果がありそうだという点は、年齢が高くなるにつれてライフスタイルの変動が少なくなり、賃金に目が行きやすくなるためと解釈することも可能です。

看護師、介護職員ともに賃金アップを可能な限り視野に入れつつも、ライフ・ワークバランスが可能になる職場環境の整備や業務負荷の軽減にまず着手することが離職率低下に有効と言えるかもしれません。

【関連資料】
・2023年版 特別養護老人ホーム採用成功データBOOK
・給与アップだけでは限界!? 看護師争奪戦の実態とは
・看護師が辞めない職場をどうつくる

【注目トピックス】
・高齢者施設等における感染症対策の現状と課題~令和6年度の同時報酬改定に向けた意見交換会から(7)
・高齢者施設等における薬剤管理の現状と課題~令和6年度の同時報酬改定に向けた意見交換会から(6)
・医療機関と高齢者施設等の連携の現状と課題~令和6年度の同時報酬改定に向けた意見交換会から(5)
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・5類移行後の高齢者施設における新型コロナウイルス感染予防策

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